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クズ賢者、魔王に誓う

 すぐに、カインはここが夢だと分かった。


「ここは……?」


 気付いたときには、見知らぬ場所に立っていた。

 起伏のない平野には、見渡す限りどこまでも、空と同じ灰色の岩ばかりが転がっている。草木の類いはまるで見当たらず、生き物の気配もしない。風はひどく乾いていた。


 そして、目の前には煤で汚れた石が屹立していた。

 しゃがみ込み、カインはその汚れを拭う。

 刻まれた文字が露わとなって――。


「世紀の大悪人カイン、ここに眠る」

「っ……!」


 それを読み上げたのはカインではなかった。

 ハッとして背後を振り返る。自分以外何もいなかったはずのその場所に、ひとりの人物が立っていた。


 頭からボロボロのローブを纏い、体全体をすっぽりと覆い隠したその姿は――。


「魔王……!?」


 カインが倒した宿敵、魔王。

 まさにその姿だった。


「ここは、あったかもしれない世界のひとつ」


 言葉を失うカインにもかまわず、魔王は口を開く。

 その声は意外にも若い女のものだった。かつて戦ったとき、魔王はただの一度も言葉を発しなかった。


 それなのに、夢の中の魔王はやけに饒舌だった。

 あたりをぐるりと見回すようにして続けることには――。


「この世界では、おまえは最後まで理解者に恵まれなかった」


 魔王が語って聞かせたのは、あったかもしれない世界における、カインの末路だった。


 カインは数々の功績を挙げるも、無実の罪を着せられてしまう。

 ただのひとりも理解者はできず、追われるようにして世界を転転とした。

 そのあげく、恐慌に駆られた民衆たちの手によって処刑されたという。カインは最後まで無実を訴えたが、無実の人々を傷付けることを拒み、おとなしく死を選んだ。


「それがおまえの、この世界での末路だ」

「そう、か……」


 カインは俯き、ため息をこぼす。


 これは夢だ。ただの夢。

 だが、仮にもしもこれが本当のことなら――なんと救いようのない結末だろうか。

 カインは胸を押さえて、澱のような言葉を吐き出す。


「それが……おまえには許せなかったんだな、フィオ」

「……」


 魔王が口をつぐむ。

 生ぬるい風がふたりの頬を撫でて――魔王は、おもむろにローブを脱いだ。


 そうして露わになるのは、美しい女の相貌だった。

 白い髪に赤い目。その表情は熾烈な逆風に打たれ続けて強張ってしまっていたものの――どこからどう見ても、成長したフィオ、そのものだった。


 その面立ちを見て、カインは思い出す。

 フィオと初めて会ったあの日。兵士は何と言っていたか。


『我ら軍部は、貴様の倒した魔王の遺灰を分析した……! その結果、国内で似たような魔力の波動が検知され……捜索した結果、娘と思しき存在を発見したのだ!』


 魔力の波動が、魔王とフィオで一致した。

 それゆえ彼女は魔王の縁者と判断されたのだが――それは間違いだったのだ。


(フィオが……魔王本人だったのか)


 魔王はゆっくりと歩み寄り、カインの隣にしゃがみ込んだ。

 墓をそっと撫で、かすかに目を細める。


「パパはね、奴隷として売り飛ばされそうだった私を助けてくれたの。世界中のみんなに恐れられたけど、とっても優しくしてくれた。お菓子も作ってくれたし、絵本も読んでくれた。魔法だって教えてくれて……」


 そこで言葉を切り、魔王は顔を歪めた。

 美しい顔立ちに浮かぶのは、壮絶と言っていいほどの笑みだった。

 むせ返るほどの血の臭いが、その華奢な体から発せられる。魔王はカインの顔を覗き込み、声を弾ませて語った。


「そんな大好きなパパを、この世界は奪った。許せるはずがないでしょう?」

「だから壊したっていうのかよ、何もかも」

「うん。世界を滅ぼすのって、けっこう簡単なんだよ」


 魔王はあっさりと言ってのける。

 立ち上がり、灰色の空を見上げて続ける。


「過去に戻って、パパを未来で害する可能性のあるすべてを亡き者にする。それが私の目的だった。でも結局……最後はパパに負けちゃったけどね」

「当たり前だろ」


 カインもまた重い腰を上げた。

 真正面から魔王に向き合い、まっすぐに告げる。


「子供が間違えたことをしたら正す。それが親の役目だ」

「そっか……私、間違えちゃったのか」


 魔王はくすりと笑った。

 それは先ほど見せた凄惨な笑みとは異なり、幼い子供が浮かべるような気まずそうなものだった。魔王は肩をすくめて踵を返す。


「それじゃ、そろそろ行くね。私が魔王として暴れたせいで、パパが今いるそっちの世界はこの世界とは別の運命を進むことになった。だから、ここに私の居場所はないんだ」


 そうして数歩、進むのだが――。


「ああ、でも……その前に。ひとつ忠告してあげるね」


 そこでふと魔王はカインのことを振り返った。

 またふたたび距離を詰め、人差し指をぴんっと立てる。


「小さな私がヒューゲル将軍を手玉に取ったのは見たでしょ?」

「ああ……」

「私は凄まじい力を秘めていて、それでいて純粋なんだ。だからこそ……ほんの小さなきっかけさえあれば、いつだって魔道に堕ちるよ」


 そうして魔王は予言する。

 己の胸に手を当てて、どこか悪戯っぽく。


「私は紛うことなき、いつか魔王になる娘。いつか世界を脅かす存在。だから、早く()()した方がいいんじゃないかな」

「絶対に、そんなことはしない」


 カインは迷うことなく首を横に振った。

 これはきっと夢だ。こんなことがあるはずはない。

 それでもカインは魔王を――フィオのことを抱きしめた。


「俺はおまえに誓う。おまえを二度と魔王にはさせない」

「……うん。パパならそう言うと思った」


 魔王は、一度はカインの背に腕を回した。

 しかしすぐにするりとその拘束から抜け出した。

 カインに背を向けて軽い歩調で歩き出し、片手を振って言う。


「さよなら、パパ。そっちの世界では長生きしてよね」

「待て! フィオ! 俺はおまえを――っ!?」


 カインは去って行く魔王に向けて手を伸ばす。

 しかしその手が届くより先に灰色の大地が砕け、カインは奈落の底へと落ちていった。

 暗闇に飲み込まれる直前に彼が目にしたのは、笑顔で涙をこぼす魔王の姿だった。



 ◇



「パパー!」

「んが……!?」


 威勢のいい声とともに、カインの鳩尾へ小さな衝撃が振ってきた。

 目をこじ開けると、腹の上にフィオが座っていた。寝間着姿でベッドに転がるカインとは違い、着替えも済ませて準備万端だ。


 フィオに乗っかられたまま、カインはあたりを見回す。

 窓から差し込む朝日が照らし出すのは、慣れ親しんだ我が家――その寝室だ。


 灰色の大地も自分の墓も、魔王の姿もどこにもない

 黙り込んだままのカインに、フィオは呆れたように腰に手を当てる。


「もー、パパったら珍しくお寝坊さんなんだから。ヨシノおねーちゃんのお宿でのんびりしすぎたから? もう帰ってきて三日も経つのにさ」


 そう言って、カインの胸をばしばしと叩く。


「今日はトーカおねーちゃんのお手伝いのはずでしょ。早く行かないとお給料減らされちゃうよ!」

「フィオ……」

「うん? なーに、パパ」


 きょとんと目を丸くするフィオ。

 そんな娘の頭を、カインはそっと撫でた。

 くすぐったそうに目を細めてくすくす笑うフィオに、夢で見た魔王の姿が重なって――カインは大きなため息をついて天井を見上げる。


「明日から毎朝、一緒に散歩するか」

「お散歩!? いいね、フィオは大賛成だよ!」

「そうだろ?」


 カインはニヤリと笑い、フィオのことを抱きしめる。

 あれは夢。ただの夢だ。

 それでも、娘からのお願い事は聞かねばなるまい。


「長生きしなきゃいけないからなあ……健康には気を付けないと」

「いいことだね、パパ!」


 フィオが元気よく同意して、そのあとふたりで二度寝してしまい、カインはトーカとの約束をすっぽかしてこってり絞られてしまった。


 それはそれで平和な日常で――彼はそんな日々を心より愛し続けた。



(完)

これにて本作は完結となります。

お付き合いいただきまして、まことにありがとうございました!


本当は王家のゴタゴタに巻き込まれる王都編、フィオが魔法学校に体験入学する魔法学校編なども予定していたのですが、他作品の執筆などで忙しくてさめの手が回りそうになく……。

また何ヶ月もお待たせするよりはと、ここで一端の完結とさせていただきます。


とはいえまた機会があれば続きを書くかもしれません。

その際はぜひともよろしくお願いいたします。


今後も他作品を更新していきますので、そちらもぜひどうぞ!新しい話も書きてえ!

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― 新着の感想 ―
[一言] 港町の被害が少なかったのはフィオと縁のある地域だったからって事になるのか。 因果の逆転ですな
[一言] コミカライズから来ました。 他作品も読みます!
[一言] 続編に期待してます
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