クズ賢者、ママ友ができる
(お久しぶりの更新!)
温泉を出たカインはぶらぶらと宿を歩くことにした。
あのふたりが一緒ならフィオの心配はいらないだろう。
渡り廊下を進んだ先には大きな庭があった。ここにも桜の木々が植えられて、その他色とりどりの花々が咲き乱れる。
そばに据えられた長椅子に腰を下ろし、カインはしみじみとため息をこぼす。
「はあ……まったくあのふたりも物好きだよなあ。俺様みたいな男をモノにしたいなんてよ」
いくら魔王を倒した英雄とはいえ、追放処分を受けた身だ。
おまけに今では未婚の子持ち。どう考えても女性に好かれる要素がない。
「いや……? でも最近はライラックの街でもよく女に声をかけられるよな……ひょっとしてこれがモテ期ってやつなのか?」
ふと気付いてあごに手を当てる。
モテ期……そんな単語にはとんと縁遠い人生ではあったが、ようやく春が来たのかもしれない。
普通の男なら小躍りするような展開だ。しかし、カインの胸は踊らなかった。むしろ考え込んで、深くうつむいてしまう始末。
「フィオにも母親がいた方がいいのかねえ……」
何を置いても娘優先。すっかりパパとして出来上がりつつあるカインであった。
「うん?」
そこでふと、自分の座る長椅子の影に、何か光るものを見つけた。手を伸ばしてつまみ上げる。
「鈴……?」
それは小さな鈴だった。
表面が少し凸凹しているものの、よく磨き込まれており大事にされていることがわかる。かすれていて読めないが、何か名前らしき文字も書かれていた。
首をひねるカインである。
そこに――。
「ううう、どこにもあらへん……どないしよ……うう……」
弱り切った声が聞こえてきた。
あちこち見回せば、がさがさと花畑が揺れていた。そこで身をかがめていたのは、小柄な少女である。こめかみから生えた角から見るに鬼神族だろう。
それが今にも泣きそうな顔をして花畑をかき分けて何かを探していた。その体には、紐に通した多くの鈴をまとわせている。
カインは彼女と、己の手のなかにある小さな鈴を見比べて――長椅子から腰を上げた。
「あのよ……ひょっとして、探し物はこれか?」
「へ」
◇
「ほんっっと、おおきに! おおきにねえ、お客さん……!」
「いやいや、大したことはしてねえよ」
感謝の言葉を繰り返す少女に、カインはかるくかぶりを振る。
どうやら探し物は鈴で当たりだったらしい。ひとまず長椅子に並んで腰掛ければ、少女は手のひらに鈴をのせてにこにこと笑う。
「ほんとに困っとったんよぉ。お客さんがおってくれてよかったわあ」
「どういたしまして。それよりその鈴、そんなに大事なものなのか?」
「聞きたいかえ? これはねえ……」
少女はぺろりと唇を舐める。
その舌はやけに長くて血のように紅く、かすかに開いた唇からは尖った牙がのぞいていた。
「うちがこれまで喰ろうてきた人間の魂……その成れの果てなんよ」
「嘘だな」
その挑発的なセリフを、カインはばっさりと切り捨てた。
少女はきょとんと目を丸くする。
「あれま、なんで分かったん? みーんな、うちのこの嘘を信じてまうのに」
「その鈴を探してたあんたの顔、心配でいっぱいって感じだったからよ。ただ首級を失くしただけなら、あんな顔にはならねえさ」
「ふふ……面白いお人やわあ」
少女はころころと笑い、カインから受け取った鈴を紐に通す。それを体に巻きつけて、愛おしそうに撫でる。
「こいつはねえ……うちの大事な子らが贈ってくれた、大事な大事な物なんよ」
「こ、子供がいるのか……?」
カインはおもわずぎょっとしてしまう。
鬼神族は人間とは比べ物にならない寿命を有している。若々しい姿のまま何百年と生きるらしい。
それゆえ彼女が子持ちだろうと何ら不思議はないのだが――見た目、十代半ばの華奢な少女であるため驚いてしまった。
少女は口元を隠してころころと笑う。
「ふふ、胎を痛めて産んだ子らやないけどね。うちにとっては、みーんな可愛い子ばかりやった」
そう言って少女は『子』の思い出を語った。
彼女は大昔、この山一帯を恐怖をもってして治める大鬼神だったらしい。
歯向かう敵はすべて葬り去り、その死骸は一片のかけらも残さず喰ってしまった。
「そんなある日ねえ……山でやや子を拾ったんよ」
まだ赤ん坊だったその子は薄汚れた布切れでくるまれており、ろくに乳も与えられていないようだった。口減らしだったのだろう、と彼女は事もなげに語った。
ちょうどそのとき少女は敵を倒し、喰らったあとだった。
腹は減っておらず、そして根こそぎ敵を倒してしまって暇を持て余していた彼女は――退屈しのぎに、その赤子を育てることにした。
少女はほおに手を当ててため息をこぼす。
「でもねえ、まさか子供を育てるのがあんなに大変やったとは……ご飯もおしめ替えも寝かしつけも、何もかも手探りやったわ」
「分かる……子育てって難しいよなあ」
「あれま、ひょっとしてお客さんも子持ちなん?」
「ああ。養子だし、赤ん坊から育ててるわけじゃねえけどな」
カインはかぶりを振って頭をかく。
「何が正しいのか全然分からないんだよな、必要な物もあとからあとから増えてくるし……ほんと手一杯だよ」
「せやねん! でもねえ……」
少女は勢いよくうなずいてから、うっとりするように目を細めて言う。
「それだけ大変な分、子の成長を目にしたときの喜びといったら……何物にも替えられへんのよねえ」
「分かる……!」
カインもまた首が壊れんばかりにうなずいた。
そんなわけで、赤子は次第にはいはいが出来て、歩けるようになって、少女のことを「かあさま」と呼んでくれるようにった。その子に彼女はメロメロになったという。
山にはそれからも子が捨てられて、それを彼女はもれなく拾って育てた。
家族が増える度に屋敷を大きくして――そうしてできたのがこの宿らしい。
「ってことは、まさかあんた……ここの宿のオーナーなのか!?」
「せや。従業員の多くはうちの子やねん」
人の子を育てるためには、人の食べ物や衣服がいる。
子の規範となるべく、奪うという選択肢はなかった。長命種の知り合いからアドバイスをもらい、宿を開いて金を稼ぐことに決めたらしい。
「でも、ここを出ていく子も多くてね……それで最初に拾った子が、別れのときにこの鈴を作ってくれたんよ。手先の器用な子やったから」
この鈴を私と思って、母様のそばに置いてください。
その子はそう言い残し、この山を出て行った。
彼女は愛おしそうに鈴を撫でる。
「あの子は人間やったから、とうの昔に帰らぬ人や。でもねえ、この鈴を見ればいつでも会える。他の子らも同じように、鈴を作ってうちに残してくれて……って、お客さん!?」
「うううううう……!」
少女の肩がびくりと跳ねる。
カインがぼろぼろと男泣きを始めたからだろう。
ぬぐってもぬぐっても涙は止まらなかった。見かねた少女が手ぬぐいを渡してくれたが、結局それも絞れるほどにぐっしょり濡れてしまう。
「す、すまねえ……俺様、そういう話に弱くってよぉ……!」
「あはは、お客さんも変な人やねえ」
少女はくすりと笑う。
身じろぐたびに鈴がかすかに揺れ、ちりんと澄んだ音を奏でた。それはまるで、彼女の子らが声をしのばせて笑っているようだった。
しかし少女はしゅんっと肩を落とすのだ。
「でもねえ。今では鈴がこんなに増えてしもうて……たまに落としてしまうんよ。大事にしまっとくべきなんやろけど、この子らを放っておくのも忍びなくてねえ……」
「なるほど、そういうことなら……よし」
カインは少し考え込む。そうしてすぐに方針が固まって、口の中で呪文を唱える。指を鳴らし――首を傾げる少女に、彼女が身にまとう鈴の全てに魔法をかけた。
「《マーキング》」
鈴がぽうっと仄かな光を帯びる。
しかしそれも一瞬のことで元通りの鈴へと戻った。
「これで、鈴がどこに行っても分かるはずだぜ」
「へ……あれまあ、ほんまやわ」
ぽかんとしていた少女だが、すぐにはっとして叫ぶ。
カインがやったのは鈴のひとつひとつに魔法で見えない印を付けただけだ。
言うは易しだが、効果は永続。かつ、どれが紛失したかすぐに分かるようにひとつひとつに魔力の質をわずかに変えて印をつけた。
彼女ならその気配を追うことは容易だろう。
そう説明すると少女は感心したように鈴を撫でる。
「こんな細やかな術を瞬時に編むなんて……お客さん、なかなかやり手なんやねえ。うち、斬ったり叩いたりは得意なんやけど、こういう細工は苦手でねえ」
「ま、それなりに腕には覚えがあるかな」
「うふふ、おまけにええ人や。ありがとねえ。これからも、うちの宿をご贔屓に」
「そう言ってもらえて嬉しいけどよ……」
カインは頬をかいて苦笑する。
「今回は連れに招かれただけだからなあ……ここってたしか会員制なんだろ?」
「何言うてんの。お客さんはもう永年名誉会員や、ほれ」
そう言って、少女は胸元から桜色のカードを差し出し。カインが受け取れば、カードへ勝手に名前が刻まれた。
「いつでもサービスさせてもらいます。今後とも……あっ」
そこで少女はハッとして、照れたように頬を染める。
「せや、うちとしたことが名乗り忘れとったわ。うちの名前はヨシノって言います」
「ご丁寧にどうも。俺様はカインだ」
「へえ、カイン」
カインが名乗って右手を差し出せば、少女――ヨシノは少し目をみはる。しかしすぐに元通りの笑みを浮かべてみせた。
「ふふ、それは災難やね。噂のクズ賢者とおんなじ名前やなんて」
「うっ……そ、そうだな」
カインはさっと目を逸らす。
まさかここで、自分がその当人だと打ち明けるわけにはいかなかった。まごつくカインをよそに、ヨシノはころころと笑う。
「ところで、お客さんの子も今日は一緒に来てんの? うちも一回おうてみたいわあ」
「あ、ああ、今は連れと一緒に風呂に入ってるんだ」
「それなら後でお菓子を持ってったろねえ。喜んでくれるとええんやけど」
「そりゃありがたい。飛び跳ねてよろこぶと思うぜ、甘いものには特に目がないんだ」
「ふふふ、やっぱり子供はお菓子が一番よなあ。うちの子らも取り合いよ」
「分かる分かる。それなのに歯磨きはサボりがちだもんなあ……」
「分かるわあ……何度嫌がる子を取っ捕まえたか。『鬼!』なんてよく言われたもんよ」
そのままふたりはほのぼのとした子育てトークに花を咲かせた。一方そのころ――。
「おじさん、だぁれ?」
「っっっ……!?」
フィオとヒューゲル将軍は、まさかの出会いを果たしていた。
続きは明日更新します。
少しずつ書きためていたので、一部完まで原稿が溜まりました!
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