クズ賢者、温泉で性的な意味で襲われる
(久々の更新です。さめは一から読み返しました)
山奥の異空間に存在する秘境の宿――ソメイ荘。
心づくしのおもてなしや、希少な素材を惜しみなく使った料理の数々、桜が年中咲き乱れる絶景……そうした多くの魅力を秘める宿ではあるものの、特に人気の要素は言うまでもない。
温泉である。
「わーっ! パパ見て! おっきいお風呂!」
「走るんじゃねえぞ、フィオ。しっかしすごいなあ」
離れの裏に広がっていた温泉は、驚くほどに広がった。
周囲を桜の木々が取り囲み、中央にはプールと見まがうほどに大きな石風呂が鎮座している。
洗い場に敷かれた大理石にも傷ひとつない。立ち上る湯気からは、ほんのり硫黄の香りがした。
なんとこの規模の風呂が離れごとにあるというのだから驚きである。結界が張られているので外から覗かれることもなく、他の客に気兼ねすることなく湯を堪能できるらしい。
宿の作法を守り、体を洗ってから湯船に浸かる。
フィオも恐る恐るカインの隣に並んだ。
湯船用の子供椅子まで備え付けられているのだから、細やかな気遣いがうかがえる。
「あー……いい湯だなあ」
「ごくらくだねー……」
親子揃って、ほっと息をつく。
先ほどまでリリアやクーデリアらとシリアスな話を続けたせいで全身がこわばっていたものの、次第に力が抜けていった。
満開の桜を見上げながら、カインはぼんやりと口を開く。
「なあ、フィオ。都で暮らしてみたいと思うか?」
「へ? なんで?」
「都なら大きい学校もあるし、美味しいものもたらふく食えるぞ。今暮らしてるような辺境にはないものがたくさんある。どうだ?」
「うーーん」
フィオはほんの少しだけ悩んでから、さっぱりと笑って言う。
「住むのは嫌かなあ。だって、都にはマリアちゃんも、トーカお姉ちゃんも、町のみんなもいないんでしょ? そんなのつまんないよ」
「……そうだよなあ」
カインはくすりと笑う。
都会の者たちの認識では、カインは依然としてクズ賢者のままだ。しかし、あの辺境の町では違う。
手の届く範囲の人たちに分かってもらえれば、今はそれでいいと思えた。
「じゃ、俺様も都はしばらくいいかな」
「ねー。あ、住むのはいやだけど遊びにはいきたいかも! いつか連れてってね、パパ」
「ああ。そのうちにな。約束だ」
「約束! 指切りね!」
キラキラと目を輝かせるフィオと小指をからませて約束を交わす。おかげで体も心もぽかぽかだ。
しかし――和んでばかりはいられなかった。
「その際はぜひともわたくしの別邸をお使いくださいませ。都の外れですが、広さは申し分ないかと」
「いいや、ここは城に来てもらうのが道理じゃろう。何しろ我が国を救ってくれた英雄なのだから」
「は」
温泉に響く甘い声。
それにハッと振り向いて――カインはおもわず絶叫した。
「なんでいる!?」
「なんでって……わたくしたちも温泉を堪能したいからですが?」
それに心外そうに眉を寄せるのはクーデリアである。
体を覆い隠すのは小さめのバスタオル一枚で、豊かな胸とくびれた腰回り、すらりとした素足が灯りに照らされて艶やかに輝く。
「温泉はここの名物じゃ。おぬしらだけが独占できると思ったら大間違いだぞ」
リリア姫も同じくバスタオル一枚だ。
クーデリアに比べれば胸周りは大人しめだが、均整の取れたプロポーションは芸術的で、神聖とも言うべき気品が溢れ出していた。
湯気でかすむ景色の中、まぶしいほどの裸体が眼前にあった。
カインはなるべくふたりを見ないようにして、下を隠し、湯船から上がるのだが――。
「だ、だったら俺様は出る。あとはお前らだけで……」
「逃さぬぞ♡」
「全力でおもてなしいたしますわ♡」
「ぐっ……!? は、放しやがれ!」
両側から腕を掴まれて身動きを封じられてしまう。
しかも、どちらも胸を押し付けてくるのでますます動けない。下手に動けば手がどこに当たるかも分からないので、振り払うこともできなかった。
明後日の方を睨んでもだもだするカインと、満面の笑みで凄むふたりを見て、フィオはにっこりと笑う。
「クーデリアお姉ちゃんとお姫様は、パパのことが大好きなんだね」
「ええ、ええ。もちろんですわ」
それにクーデリアは重々しくうなずく。
気迫がすごい。獲物を狙う目だ。
片手をほおに当ててしなを作り、彼女はうっとりと言う。
「矮小な人間の身でありながら、ここまでの力を手にするなんて……それだけで、このわたくしが惚れ込むには十分すぎますわ。生き様が不器用すぎるところだったり、こうやって迫ったときの反応がウブだったり、慎重なようでいてツメが甘いところだったりもまたお可愛らしく……籠絡しがいがあるってものです!」
「後半ほとんど悪口じゃねえか!?」
カインは裏返った声で叫ぶ。
ウブなのは事実なので仕方なかった。何しろこれまでの人生、強くなるのにがむしゃらで女性にとんと縁がなかったので。
(縁があっても、変なのばっかりだしな!?)
悪人ではないのだが、相手は全国の冒険者ギルドを一手にまとめ上げるやり手のサキュバスだ。深い仲になるのは当然躊躇する。
「リリア姫も悪ふざけに加担するんじゃねえよ! 一国の姫だろ、あんた!」
「おや? 心外じゃな。わらわは本気じゃぞ」
「へ」
カインが目を瞬かせていると、リリアは頬を赤らめてほんの少しだけ顔を背ける。
「わらわも……おぬしのことは憎からず思っておるのじゃ。何しろ国を救った英雄じゃろう。他の誰が否定しても、わらわはおぬしの善性を知っておるからな」
「り、リリア姫……」
おもわずカインはじーんとしてしまう。
変なの、で一括りにしてしまった己を恥じた。
しかし彼女はすぐにすっと真顔になった。
「ゆえに、他国に取られる前に婚姻という縄を繋いで飼い殺す。対外的にも体のいい切り札じゃからな。おぬしとの子ならさぞかし丈夫に生まれるじゃろうし……何が何でも物にしてみせるぞ!」
「圧倒的打算……!」
どうやら兵器とか種馬として価値を見出されていたようだ。
打ちひしがれるカインをよそに、ニコニコ見ていたはずのフィオが慌てたような声を上げる。
「むう! パパが人気者なのはしかたないけど、ふたりにはあげないよ! だってパパはフィオのパパだもん!」
「その通りだ!」
「きゃんっ」
ふたりがフィオに気を取られた隙に、カインは拘束からするりと抜け出す。そのままダッシュで脱衣所まで逃げ込んだ。
そんなカインをふたりは追おうとしなかった。肩をすくめて眴し合う。
「あーらら、逃げられちゃいましたわ。せっかくですし、フィオちゃんわたくしたちとご一緒しませんこと? お風呂あがりにはアイスをご馳走いたしましょう」
「アイス!? パパー! アイスもらってもいいー?」
叫ぶ娘へ、カインは脱衣所の中から声の限りに返す。
「いいけどよ!? 人から物をもらったら、なんて言うんだっけか!?」
「ありがとうございます! クーデリアお姉ちゃん!」
「くくく、もうしっかりパパじゃのう」
リリアの笑い声を背にしつつ、カインは慌ただしく着替えて温泉を後にした。
他の原稿で忙殺されているため、息抜きに再開いたしました。お待たせしてたいへん申し訳ありません。
キリのいいところまで、週一くらいのペースで書いていこうと思います。応援いただけると嬉しいです。





