クズ賢者、過去と現在に想いを馳せる
フィオは褒められてご機嫌なのか、ニコニコしながらカインの膝に座る。
「えへへ、褒められちゃった。パパ、お姫様いい人だね!」
「あら、フィオちゃん。わたくしはどうですの?」
「うーん、クーデリアお姉ちゃんはまだよくわかんないかも……」
「でしたら、わたくしのお茶菓子を差し上げましょうね」
「いい人だ!」
「おまえの判断基準、それはちょっとダメだと思うな、パパ……」
並大抵の不審者なら軽く捻り潰せるだろうが、お菓子に釣られてふらふらどこかに行ってしまいそうで心配だった。
今度しっかり叱ろう……と決意したとき、フィオはもらったお菓子を食べながら明るい顔でカインのことを見上げてくる。
「でもフィオは安心したんだよ」
「うん? 何がだ」
「姫様とクーデリアお姉ちゃんは、パパがいい人だって知ってるんだね! パパにも味方がいっぱいいるんだ!」
「ふふ、もちろんじゃとも」
リリアは微笑ましそうに目を細めて断言する。
隣のクーデリアもにっこり笑ってみせた。
「カイン様は誤解されやすいお人ですけれども、わたくしどもはちゃーんと分かっておりますわよ。この方がとびきりいい人だということは」
「うむ。今は世間でクズ賢者などと呼ばれておるが……こやつはそのような人間ではない」
「ふたりとも……!」
ふたりの言葉に、カインはじーんと胸を打たれる。
しかしそうかと思えば、ふたりはさっと目をそらしてぼやくのだ。
「まあ……出会った当初、わらわはこやつを賊だと思い込んでぶん殴ってしまったがな……」
「わたくしも懸賞金を上げまくって、討伐隊を何度も送りましたけどね……」
「ふたりとも……それは済んだことだし気にすんなって、いつも言ってるだろ……」
「何があったの、パパたち……」
リリアたちとの出会いは、今から五年ほど前に遡る。
あのころは魔王のせいで、世界各地の魔物が活性化していた。
人里を荒らす魔物たちを、カインは腕試しをかねて討伐して回っていたのだが……なぜかそうした魔物達を操る張本人だと勘違いされて、お尋ね者にされてしまった。
賞金稼ぎを退けて逃げ回るうちに、懸賞金はみるみる上がり、ついには王都から直接討伐部隊が派遣されるまでとなった。
そこでリリアやクーデリアと出会い、何度も本気で殺されそうになり……すったもんだの末にようやく誤解が解けたのだ。たしか、半年くらい国中を追い回された。
そうした事情をざっくり説明すると、フィオは心底不憫そうな目をカインに向ける。
「昔から大変だったんだね、パパ……」
「あはは……まあでも、いい経験にはなったかな……」
懸賞金がかかったおかげで、様々な強者がひっきりなしに襲いかかってきたため、武者修行になったのは事実である。
そのせいで短期間で魔法の腕がめきめきと上がった。何が幸いするか、分からないものである。
「おぬしはそう言うがのう……正直今回の件も合わせて、わらわは謝っても謝りきれぬ」
リリアはやりきれないようなため息をこぼしてみせる。
「おぬしは魔王を倒した英雄じゃ。そうだというのに、いわれなき汚名を被せられ、追放という憂き目に遭うなど……本来ならばあってはならぬこと。わらわや国王……父上が早急に手を打つべきなのだが……」
「いやまあ、気持ちは有り難いけど……無理すんなって。国もまだ大変な時期なんだしな」
魔王が倒れ、この世界には平和が訪れた。
しかし地域の復興や残された多くの孤児、難民など……まだまだ問題は山積みである。
カインが今現在暮らしている地方は、さいわい魔王被害もほとんどなくのんびりしているが、世界各地で今も苦しんでいる人々が大勢いるのだ。ここまで来る道中も、瓦礫と化した村をいくつも見てきた。
そんな大変な時期に、王家がカインを庇うのはどう考えても悪手だった。
最悪、民衆の反感を買って反乱でも起きれば、せっかくの平和が台無しである。
だからカインは下手に弁明することなく、ほとぼりが冷めるまで大人しく田舎に引っ込むことを決めたのだ。
そう言うと、リリアはますます肩を落としてうなだれる。
「本当にすまぬ……父上からも『マジですまん……』という伝言を言付かっておる」
「あはは……気にかけてもらえるだけで嬉しいって」
カインは苦笑するしかない。
続きは来週火曜日、5/19に更新します。





