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秘密の会談と謝罪

 それからすぐ後で、宿のスタッフが人数分の茶を持ってきた。

 ぬるくて渋いお茶に、甘い砂糖菓子がよく合う。


 フィオはカインの隣に座り、ご機嫌でお菓子を食べ進めていった。

 その対面に、リリアとクーデリアが座す。


 スタッフが去り、その足音も聞こえなくなったころ。

 リリアは小さくひと息ついて、カインに真剣な眼差しを向ける。


「まずは感謝しよう。よくぞ遠路はるばる来てくれた」

「なに言うんだよ。おまえのお呼びとありゃ、世界の果てからでも駆けつけるさ」


 それにカインはニヤリと笑って返す。

 知らない者が見れば、王族相手に不躾な態度だと眉をひそめたかもしれないが、敬語はやめろと言いつけられているので仕方ない。

 そんなやり取りを見て、フィオは小首をかしげてみせる。


「ひょっとして……この前もらったお手紙って、お姫様からだったの?」

「うむ。わらわがしたため、クーデリアに託したものじゃ」


 幾多の商人の手を経て、カインの元に届いた手紙。

 そこにはリリア姫の署名と『ソメイ荘にて待つ』という簡素な文言がしたためられていた。

 

「届いたからいいものを……いつもの鏡を使った通信じゃダメだったのか?」

「あれは傍受される可能性もございましょ? 今回はリリア姫もいらっしゃるので、念には念を入れようかと」

「それに、おぬしと久々に顔を合わせる機会じゃ。鏡越しなど無粋だと思ってな」


 リリアは冗談めかしてそう言って、小さく咳払いをしてみせる。

 そうして見やるのはカインではなく、フィオだった。

 

「では本題に入る前に。たしか、フィリオノーラと言ったな」

「う、うん。でも、フィオでいいよ?」

「そうか、ならばフィオ」


 リリアはすっと目を細め――額が床につきそうなほど、頭を下げた。


「本当に……すまなかった!」

「えっ!?」


 フィオはきょとんと目を丸くする。

 しかしリリアは頭を上げることもなく、声を震わせながらも静かに続けた。


「フィオ。おぬしが軍に囚われ、非人道的な処遇を受けていたこと。それはひとえに、わらわの力不足じゃ。今さら謝罪しても、詮無きことではあるが……どんな償いでもしよう。本当にすまなかった」

「え、えっと、よく、分からないけど……」


 フィオはカインとリリアを見比べて、こてんと小首をかしげてみせる。


「お姫様が、フィオに酷いことをした人なの……?」

「まさか……!」


 リリアはがばっと顔を上げる。

 

「たしかに魔王は忌むべき敵じゃ。だがだからと言って……何の罪もない子供に、あのような苦痛を味わわせて、許されるはずがない! おぬしが魔王の血を引いていようといまいと……そんなことは何の関係ない!」


 リリアは声を絞り出し、いつかカインが言ったような台詞を叫んでみせた。

 握りしめた拳は、力を入れすぎたせいかひどく青白い。

 それを見て、カインはため息をこぼすのだ。


(リリアも聞いたか……フィオがどんな扱いを受けてきたか)


 ちらりとクーデリアを見れば、無言で小さくうなずかれた。

 どうやら調べ上げたすべてをリリアに伝えたらしい。中にはおそらくカインもフィオから聞いていないような、おぞましい行為も含まれていたのだろう。


 離れの部屋がしんと重い沈黙に包まれる。

 それを破ったのは――フィオだった。

 

「なーんだ。だったら、お姫様は悪い人じゃないんだね」

「……え」

「悪い人じゃないのなら、ごめんなさいしなくてもいいんだよ」


 フィオは呆然としたリリアの手を取って、にっこりと笑う。


「悪い人はパパが全部やっつけてくれるもん! だからフィオは大丈夫!」

「ああ、そうだな。俺様がフィオを虐めるやつをみーんなギタギタにしてやるよ」

「フィオ、カイン……本当にすまない」


 リリアは何かを噛みしめるように、わずかにうつむく。

 次に顔を上げたとき、そこには決意の色が浮かんでいた。


「そうは言っても、責任は取る。こうなった理由は、軍部に権力を与えすぎたせいじゃ。これを機に改革を推し進めようと思っていてな」

「大丈夫か? 軍つったら、クラウス王子の管轄だろうに」

 

 リリアの兄であり、第二王位継承者でもあるクラウス王子。

 表向きはリリアの補佐ではあるものの、軍部の全権を掌握していると言ってもいい人物だ。

 強硬派で知られ、血筋に強いこだわりを持つ。平民上がりのカインのことを快く思っていないのが、毎度会うたびビンビンに伝わってきた。


 だが、そうした人物だからこそ貴族出身が多い軍部では支持する者が多いと聞く。

 それと全く同じくらい、人権意識の強いリリアのことを疎む者もいて――いくら次代の国王だからと言っても、そこにメスを入れることは並大抵の労力ではないだろう。軍部はただでさえ男社会だ。女性のリリアには風向きがきついはず。


 そう危惧するカインだが、クーデリアはにっこりと笑う。

 

「ええ、ですからその際はカイン様にもご助力いただこうかと。かまいませんわよね?」

「はっ、喧嘩に混ぜてもらえるっつーのなら喜んで」

 

 カインはニヤリと笑って二つ返事でうなずく。フィオのこともあるし、やるなら徹底的に戦うつもりだった。

 それを聞いて、リリアも相好を崩してみせる。


「うむ、おぬしが手を貸してくれるのならば百人力じゃ」

「フィオも! フィオもお手伝いするよ!」

「ふふ、気持ちだけ受け取っておこうかのう」

 

 手を上げてはしゃぐフィオのこと頭を撫でて、リリアはふんわりと笑う。

 フィオがそれなりに魔法を使いこなせることはクーデリアに伝えてあったので知っているはずだが、子供の言うことだと取ったらしい。

 

(たぶん今のフィオなら……そこそこの軍人でも、軽くぶちのめせるだろうしなあ)

 

 そんなことを思いつつも、カインはひとまず黙っておいた。

続きは5月14日(木)更新します。

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― 新着の感想 ―
[一言] そこそこの軍人(師団長クラス)ですねわかります
[良い点] フィオちゃんめっちゃ素直やなー いい子 軍部が来ても対抗できる...:(((´◦ω◦`))): [気になる点] 世界の果てからでも駆けつけるさ((`・ω・´)キリッ 大丈夫でしょう…
[一言] 姫様(軍部への)拷問の時間です
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