クズ賢者、両手に花となる
こうして宿のスタッフ――こめかみに小さなツノが生えていた。鬼神族と呼ばれる種族だろうが、他のスタッフの種族はまちまちだった。――に案内されたのは、宿の奥まった場所にある離れだった。
木造の変わった建築形式で、窓ガラスの代わりに分厚い紙が張られている。
恭しく頭を下げるスタッフに礼を告げて見送って、カインは離れの引き戸を軽く叩く。
「カインだ。入ってもいいか?」
「うむ。待っておったぞ」
中から聞こえるのは、厳かな女性の声。
カインが言われた通りに戸を開けると――そこにはひとりの女性がいた。
一言で言い表すとするならば、凛とした美人である。
年は十九。
腰まで伸びた金の髪は艶やかで、涼しげな目は海より鮮やかな碧眼。身にまとう衣服もシンプルながらに上等な衣を使っており、ひと目見ただけで高貴なオーラを放っている。
そんな女性が草を編んだ床の上、薄いクッションを敷いて座り、お茶をのんびりすすっていた。カインを見やり、ニヤリと笑う。
「久方ぶりじゃのう、カイン。元気そうで何よりじゃ」
「ああ、姫も変わりないようだな」
「お姫様!?」
フィオがすっとんきょうな声を上げる。すると、女性は笑みを深めてみせた。
「おお、そちが噂の子か。では名乗らせていただこう」
女性はすっくと立ち上がり、胸に手を当てて堂々と名乗る。
「わらわはリリア・メイ・グランシャール。この国の第一王位後継者……まあ、ひらたく言えば姫であるな」
「待ってる人って、お姫様だったの!? パパ、お姫様と知り合いなの?」
「おう。ほんとのお姫様だぞ」
「すごーい! ねえねえ、お姫様。『ごきげんよう』って言ってみて?」
「ご、ごきげんよう?」
「お姫様だー!」
フィオはリリア姫に走り寄り、目をキラキラさせる。
判断基準は謎だが、人見知りせずに何よりだった。
そんな愛娘をほのぼのと見守っていたところで――。
「カイン様~♡」
「うわっ!?」
背後から急にガバッと抱きつかれて、カインは悲鳴を上げてしまう。
しかし慌てず騒がず、大きなため息をこぼすだけだ。
「……やっぱりお前も一緒だったか、クーデリア」
「はあい♡ もちろんわたくしですわ♡」
予想どおり、そこにいたのはクーデリアだ。
首だけ回して背後を振り返れば、宿のスタッフたちが着ているものと似たような着物――あとで聞けば『ユカタ』というものらしい――を着て、湯上りで火照った胸元を大きく露出させている。
おまけにカインを見つめる目には色濃いハートマークが浮かんでいた。
サキュバスの本領発揮というか、ひと目見ただけでどんな者でも魅力されてしまいそうな色香が漂っている。
しかしカインはわずかに目を細めて笑い――。
「クーデリアも直に顔を合わせるのは久々だな。というわけで早速……離れろ!」
「いやーん!」
クーデリアをべりっと引き剥がし、床に優しく転がす。
するとクーデリアはヨヨヨ、とわざとらしい泣き真似をしてみせた。
「相変わらずつれないお人ですわ……でも、だからこそ落とし甲斐があるというもの!」
「やかましい。俺はもう子持ちだぞ、いい加減他を当たれ」
「それくらい障害でもなんでもございませんわ。あ、そちらが噂のフィオちゃんですね。こんにちは~、未来のママですよ~♡」
「ママなの!?」
「今のは忘れろ、フィオ。クーデリアお姉ちゃんだ」
そう訂正しつつ、クーデリアの着物をぐいぐい直して胸元を隠してやる。男としては眼福だが、教育的には最悪だ。そして今のカインは父親としての意識が圧倒的に勝ったため。
続きはまた来週火曜日更新予定です。
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