傷だらけの少女
玄関先に立っていたのは、見知らぬ兵士たちだった。
中でも隊長格らしき年かさの男が、カインを見るなりこう言った。
「貴様がカイン・デュランダルだな?」
「はあ……? なんだ、てめぇらは」
それにカインは顔をしかめる。
兵士の数は十名あまり。その全員が武装しており、王国所属であることを示す紋章が刻まれている。しかしカインの目を引いたのは、そんなありふれた兵士たちではなかった。
(なんだ……あのデケェ箱は。ずいぶん念入りな封印だな)
彼らの背後にたたずむ馬車。
その荷台に載せられていたのは、黒い鉄でできた箱だった。
一部の隙もなく溶接されており、その表面には魔法文字がびっしりと書き込まれている。さらにその上から鎖でぐるぐる巻きにして、大きな錠前を施して――どこからどう見てもヤバい代物だ。
どうやら兵士たちは、その箱をここまでわざわざ運んできたらしい。
(……何のために?)
首をひねるカインに、隊長格の兵士が朗々と続ける。
「我らはヒューゲル将軍直属の者だ。貴様に指令を届けに来た」
「指令だあ……? あのクソ野郎、俺様に命令できるような立場かよ」
「黙れ、クズ賢者! よくも将軍にそのような口を……!」
「よせ、まともに相手をするな」
気色ばむ兵士のひとりを、年かさの隊長格がジロリと睨む。
カインへの無礼をたしなめたと言うよりも、職務以上に関わるつもりは毛頭ないという態度だ。
兵士全員から、刺すような殺気が飛んでくる。
(ははーん。ヒューゲル将軍の悪事を知らねえ奴らだな、こりゃ)
どうやら表向きはそれなりに慕われる名将であるらしい。
そんな将軍を散々コケにしたカインのことを、さぞかし恨んでいるようだった。
だがしかし、カインは飄々と笑うだけだ。
「勘違いしてもらっちゃ困るが、俺様は軍部に所属した覚えはねえぜ。後にも先にも、ずっとフリーの冒険者だ」
魔王を倒した手柄により、それなりの地位で召し上げられる予定ではあったものの、追放処分がきっかけでその話も立ち消えになっていた。
カインとしてはそのこと自体に未練はない。むしろフリーのままの方が気が楽なほどである。
「承知している。だがこれは国家の重要機密案件だ。何者であろうと、協力する義務がある」
「まーたご大層な話だな、おい」
カインは肩をすくめる。
そのついで、封印された箱を顎で示してみせた。
「要件はその箱か?」
「その通り。貴様にこれを預ける」
「はあ……中身はなんだ? 呪いのマジックアイテムか、それとも封印指定の魔物か?」
呪いの解除も魔物の討伐も、カインにとってはお手の物だ。
だがしかし、兵士たちはその軽口に一切の反応を示さなかった。
かわりにその箱の錠前に、銀の鍵を差し入れる。その瞬間、箱はまばゆい光を放ち――外装が弾け飛んだ。
「っ……!?」
中から現れたものを見て、カインはその瞬間に息を呑んだ。口の中がカラカラに乾き、指先の感覚までもが消え失せる。
箱の中身がどんなに禍々しいマジックアイテムや、凶暴な魔物だったとしても、カインにこれほどまでの衝撃を与えることは叶わなかっただろう。
中身は――ひとりの、幼い少女であった。
「ひっ……あ、あ……う……!」
長く伸びた銀の髪に、赤い瞳。
痩せ細った体にはボロ同然の服だけをまとい、その首には鉄製の首輪が施されていた。
ずっと箱の中に閉じ込められていたからだろう。日の光から逃げるようにぎゅっと目をつむり、少女は小さくなって嗚咽を上げ始める。
その傷ましい姿を見て――カインのはらわたは一瞬にして煮えたぎった。隊長格の胸ぐらを掴み上げ、至近距離で怒声をぶつける。
「テメェ……! これは一体どういうつもりだ!? 軍部を上げて奴隷商人の真似事かァ!?」
「っ……ば、馬鹿を言え! この娘は奴隷などという生半可なものではない!」
隊長格は負けじと声を荒げる。箱の中から現れた少女を指差して続けることには――。
「この小娘は……貴様が倒した、魔王の血を引く忌児だ!」
「なに……?」
続きはまた本日中に更新します。
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