クズ賢者、ますます名声を轟かせる
その次の日。
カインは街の青年団詰め所を訪れていた。
「よーっす……お、なんだ、町長さんも来てたのか」
「おはようございます、カインさん」
扉をくぐれば、町長がにこやかに会釈する。
こちらも会釈を返していると、奥の方からバタバタとせわしない足音が聞こえてきて――。
「カインさん!」
「うおっ!?」
現れるのは、人相の悪い男達だった。
ぱっと見、場末の酒場でくだを巻いていそうなゴロツキ的風体だが、隣街に住むというまっとうな行商人の一行だ。
彼らの中でも年かさの男が、涙ながらにカインの手を取り、頭を下げる。
「本当に、この節はなんとお礼を申し上げていいか……あなたが来てくださらなければ、私たちの命はありませんでした。本当に、本当にありがとうございます!」
「いやいや、気にすんなって」
先日あの山の近くを通りかかり、盗賊に襲われたらしい。
そこで殺されそうになったものの、奴隷にでも何でもなるからと言って必死に命乞いをしたという。
そうして逃げるチャンスを窺っていたところ……カインたちが現れたのだ。
「俺はただ当然のことをしたまでだ。それよりみんな怪我の調子はどうだ」
「もうばっちりです。カインさんの魔法のおかげですよ」
「いやあ、噂なんか当てになりませんね」
「ほんとっすよ。まさかあのクズ賢者がこんなにいい人だったなんて!」
男達はニコニコと、口々にカインを褒め讃える。
それを聞いて町長も自分のことのように顔をほころばせるのだった。
「いやはや、さすがはカインさんですな。それで昨日報告したとおり、盗賊達は隣街で引き取ってもらいました。こちらが報奨金です」
「ああ、どうも。そんじゃ……」
村長から渡された革袋の中には、十枚ほどの金貨が入っていた。
その内の一枚を取り出して、革袋ごと残りをすべて行商人へ投げ渡す。
「ほらよ、残りはあんたらの取り分だ」
「へ!?」
目を瞬かせる彼らに、カインはニヤリと笑う。
「あんたらも商品を台無しにされたりして大変だろ。この金でその損失分を補填してくれ」
「そ、そんな、受け取れませんよ! 命を救ってもらっただけでなく、ここまでしていただくなんて……!」
「いいんだよ。なんせ、俺だって得したからな」
何しろ、複数人との乱戦の機会など滅多にない。
人助けもできたし、フィオの経験も積めたしで言うことなしだ。
(いやあ、フィオも一気にレベルアップできたし。連れてって良かったなあ)
盗賊を縛り上げて、捕まっていた人たちを解放して、本題の薬草を探しを終えて。
それから身柄を引き渡すまでに、盗賊達には何度も『鬼ごっこ』の相手をしてもらった。
体力を回復させて山頂を逃げ回らせて、フィオとカインで捕まえる。繰り返すにつれてフィオの手際もよくなって、最終的には一度に五人を昏倒させることもお手の物となっていた。もちろん怪我は一切無い。
(次はどんな特訓をしてやろうかなあ。あいつなら何を教えても物にしそうだし、教え甲斐があるってものだよな)
愛娘が思った以上に出来る子だったので、新米パパはウキウキだ。
しかしそこで思い当たることがあり、頬をかいて苦笑する。
「あ、その代わりと言っちゃなんだが……もしよかったら、なんか仕事を斡旋してもらえねえかな? 最近いろいろと入り用でよ……」
「それならうちのキャラバンの護衛などいかがでしょう? 好待遇でお迎えしますよ!」
「そりゃいい。でも小さい娘がいるんで、勤務時間は相談させてくれねえかな……?」
「もちろん分かっておりますとも。配慮いたします」
商人はニコニコとうなずいてみせる。
町長も「でしたら町のみんなにも仕事がないか聞いてみますね」なんて言ってくれて、これで今後の生活がぐっと楽になりそうだった。
そんな大人の話をしていると、外から軽い足音が聞こえてくる。
ばんっと扉を開けて入ってくるのはフィオだった。
「パパー!」
「おっ、フィオ。もう行ってきたのか?」
抱き上げると、フィオはニコニコと笑う。
「うん。それでね、マリアちゃんのお母さんが、パパに会いたいって」
「はあ? まだ寝てなきゃダメだろ」
「お医者さんが、少しなら良いって言ってくれたんだって。もうお外に来てるよ」
「マジか」
慌てて外に出てみれば、マリアと車椅子の女性が待っていた。
マリアの母親だ。見た目はとても若々しく、姉と言われても信じてしまいそうなほどだ。すこしやつれているものの、顔色は悪くない。カインの顔を見ると、ぱっと表情をほころばせた。
「カインさん。この度は本当にありがとうございました」
「具合はどうだ、ミニスさん」
「ええ、とっても楽になりました。カインさんのおかげです」
薬草から調合した薬が、よく効いたらしい。
細くなった右腕をそっと差し出す。昨日は石化病によって灰褐色の石のようになっていた腕は、柔らかな肌に戻っていた。しばらく養生すれば、歩けるようにもなるだろう。
「本当にありがとうございます。これで……娘に苦労をかけずに済みます」
「そりゃよかった。でも、無理だけはするんじゃねえぞ」
カインはその手をそっと握り返した。
これで全部解決だ。村長や行商人たちも顔を出し、涙ぐみながらも微笑ましそうにしている。事情は昨日のうちに話しておいた。
マリアも目の端に涙を溜めて、カインとフィオに笑いかける。
「ありがとうございました。カインさん、フィオちゃん!」
「えへへ、どーいたしまして。でもお礼は平気だよ。なんたってこれは……フィオとパパの、大きな野望のためだもん!」
「やぼう……?」
「あはは、そうだな。こないだ約束したもんな」
不思議そうに首をかしげるマリア。
そんな彼女に、カインはにやりと笑って言う。
「いつか俺たちで……世界中の、困ってる人たちを助けるんだ。だよな、フィオ」
「うん!」
「わあ……素敵な野望ですね」
「カインさんならきっとできるさ」
「俺たちも応援しますよ、カインさん!」
村長らも口々にカインを鼓舞する。
道行く人たちもにこやかな視線を投げかけて、実に平和な光景だった。犬を散歩中の女性が「こら、シロ! 吠えちゃダメでしょ!」なんて叱りつけている声さえ平和だ。
そんな中、カインは物陰へちらりと視線を向けて――。
(お、記者さんもう帰るのか? 気をつけて帰ってくれよー!)
密着取材中の記者(仮)が遠ざかっていくのを、素知らぬ顔で見送った。
我ながら、今回はかなりの人助けを行った。それを間近で見ていた記者(仮)ならば、きっとカインの汚名を晴らしてくれるはず。
そんな期待を込めつつ、カインはマリア親子を連れて彼女らの家へと向かうことにした。
店の再開準備や家の掃除など、まるごと手伝う約束をしていたため。
続きは04/22(水)更新予定です。
次回が本章ラストとなり、次の章は来月上旬予定です。
今月は別作品の書きためを行いたいので……申し訳ございませんが、のんびりお待ちいただければ幸いです。





