クズ賢者、悪を成敗する
かくしてそれから、カイン親子による登山が本格的に始まった。
しかし、仲良く手をつないでのほのぼのとしたハイキング……とはならなかった。
ドガガガガガガッ!
物々しい轟音が山間に響く。
カインが垂直の断崖絶壁を勢いよく駆けのぼる音だ。壁面に足を突き刺してのぼっていくせいで、くっきりと足跡が続いている。
そして、そこをフィオが同じようにたどっていって、同じような轟音を響かせていった。
「わーい! パパ待ってよー!」
「おう、気をつけて来るんだぞ!」
後ろを振り返り、愛娘に軽く手を振る。
気付けばもう地表ははるか彼方だ。魔法が解けて落下したら、間違いなく命を落とすことだろう。
それなのにフィオは何処吹く風で、楽しそうにカインのあとを追いかけてくる。
(いやあ、たいした肝の据わりっぷりだなあ……)
崖を駆け上りながらカインはしみじみと顎を撫でる。
この魔法は発動も維持も、それなりに難易度が高い。きちんと全身に魔力を行き渡らせなければ効力が消えてしまうのだ。
だからフィオの魔法が解けてしまった場合に備え、カインはいつでも助けられるよう背後に注意を回していたのだが……そんな心配は杞憂に終わり、もうじき山頂が近かった。
(こうなってくると早いとこ実戦経験を積んだ方がいいよなあ。うーん、ちょうどいい相手がいるといいんだが……こんな田舎じゃなあ)
カインが訓練に付き合うのは一向にかまわない。
しかし、できたらもっと色んな相手と手合わせした方が経験になる。
ゆくゆくはどこか魔法系の学校に潜り込めれば……なんてことを真剣に考えているうちに、もう山頂だった。
最後は勢いよく斜面を蹴りつけ、中空へと躍り出る。ズドン、と重い音を響かせて難なく着地。フィオもすぐ後にそれに続いた。
「さてと、この辺に薬草が……お?」
「とーちゃく! あれ、パパどうし……うん?」
親子そろってきょとんと目を丸くしてしまう。
ようやくたどり着いた山頂はあたり一面、ゴツゴツした岩肌が剥き出しになっていた。空気も薄いし、高所だからかモヤがかかってひどく殺風景な場所だ。
そしてそんなただ中に――二十名ほどの男達がいた。
見るからに山の男といった風体で、全員血相を変えてカイン達を凝視しており、そのうちの何人かは斧を構えている。
「な、なんだ、おまえたちは……!」
「ああ、いや、悪い。仕事の邪魔をするつもりは……うん?」
てっきり木こりか何かの集団だと思ったが、カインはふと思い出す。
この山は道が険しいせいで、木こりや狩人も滅多に近付くことがなかったはずだ。
ならばこの集団は一体……と考えたところで、彼らの背後にぽっかり開いた洞窟に気付く。
そしてその前には、何名もの人々が縛られているのが見えた。そばには彼らの物らしき行商の荷物が積み上げられていて――カインは男達を睨みつけ、低い声で問う。
「ひょっとしておまえら……盗賊か?」
「だったらなんだっていうんだ!」
「あー……そういうことかあ」
人気の無い山奥ということは、悪人がねぐらにするにはもってこいの場所だ。
ひょっとすると猛獣の被害というのも、この者たちの犯行なのかもしれない。
まあ、その辺はあとでゆっくり聞くとして――カインはフィオに笑いかける。
「おい、聞いたか。こいつら盗賊らしいぞ、フィオ」
「悪い人たちだ! 許せないね!」
「そういうことだ。だから、フィオ。今から俺がやることをしっかり見ておけよ」
「はーい」
元気よく片手を挙げて返事をしたところで、斧を構えた男がしびれを切らせたように飛びかかってくる。
「さっきから何をごちゃごちゃと――!?」
「《フリージング》」
カインが右手をかざして唱えれば、轟ッという爆音とともに凍てつく波動が迸る。
寒風が駆け抜けた後、そこには氷付けになった男がいた。
残りの面々にどよめきが走る。
そんな中、カインは口の端を釣り上げて笑うのだ。
「いいか、今のが手本だ。フィオ」
そうしてまっすぐ、目の前の男達を指し示す。
「こいつら全員、殺さず捕らえるぞ! わかったな!」
「わかった! フィオとパパなら楽勝だよ!」
「なっ、なんだこのチビっ、ぎゃあああああ!?」
殺風景な山頂に、むさ苦しい悲鳴がいくつもいくつも上がった。
続きは4月20日(月)更新します。
本章あと二話か三話。そのあとは別作品の書き溜めのため、しばらく間が開くかもしれません。申し訳ございませんが、のんびりお待ちいただければ幸いです。





