クズ賢者の娘、才能を完全開花させる
崖はほぼ垂直で、登山具を使っても登るのはかなり厳しいだろう。
背丈の小さなフィオにとってはさらに巨大な壁に映るようで、困惑の表情を浮かべてみせる。
「こんなの本当に魔法で登れるの……? あっ、わかった!」
そこでフィオは合点がいったとばかりにぽんっと手を打つ。
「崖を魔法でぶっ飛ばして、それで平にしてから登るんだね。それならフィオにもできそう!」
「そういう破壊活動はやめとこうな……?」
発想がかなり怖かった。
大物の予感を覚えながらも、カインはかぶりを振って指を二本立ててる。
「ここを登るなら、方法はふたつだ。ひとつは空を飛ぶ。もうひとつは……」
「も、もうひとつは……?」
勿体つけて言うと、フィオは真面目な顔でごくりと喉を鳴らす。
上々な反応にカインはニヤリと笑って――指を鳴らす。
「これだ。ストレングス」
その瞬間、カインの体を淡い光が包み込んだ。おなじみの身体能力強化の魔法だ。
「さあ、見てろよフィオ。よっ、と!」
「きゃあ!?」
軽く地面を蹴りつけると、勢いよくカインの体が中空に打ち出された。
瞬く間に崖の中腹へと浮き上がり、壁面へ鋭く足蹴りを放つ。
ドゴォッ!
物々しい轟音とともに右足が崖に突き刺さる。
こうしてカインは崖の壁面に立った状態となり――左足も突き刺したりして、数歩ほどお手本として壁面を歩いてみせた。
「こんな感じで登るんだ! よっ!」
軽い掛け声とともに足を抜き、また再び元の位置まで落ちてくる。
ドスンと重い音が響くものの、もちろんカインに怪我はない。壁面に突き刺した足もわずかな擦り傷さえ負っていなかった。
「身体能力を何倍にも高める魔法なんだ。体が丈夫になって、怪我もしにくくなる。使いこなせりゃ、いろんな場面で役に立つ。どうだ、覚えてみねえか?」
「す……」
フィオはぽかんとしていたが、大きく息を吸い込んで――キラキラした顔で言う。
「すっごーい! パパってなんでもできるんだね! フィオもびゅーんって飛んでみたい!」
「よーしよし。お安い御用だ」
カインは破顔してうなずいてみせる。
他にもいろんな魔法があるものの……先ほど説明した通りに、この魔法は使い勝手がいいし術者の防御力も高めてくれるので簡単な怪我が回避できる。だからまず最初に覚えさせようと思った。
(なんたって、フィオは危なっかしいもんなあ……)
困った人を見過ごせないのはいいことだが、今のままでは少し心配だ。自分の身を守りつつ、善行ができるに越したことはない。
とはいえこの呪文はそれなりに難易度が高い。
今日習得するのは到底難しいだろうが、今後しっかり練習させればいいだろう。
カインはそんなことをしみじみ考えつつ、授業を始めようとするのだが――。
「それじゃあいいか。まずは呪文の詠唱からだ。俺様のあとに続いて――」
「うん! やってみるね、パパ!」
そこそこ長い呪文と精神統一の作法を説明しようとする。
しかしフィオは意気揚々とこう唱えた。
「ストレングス!」
「は……?」
次の瞬間、フィオがカインの目の前から掻き消える。
凄まじい突風が吹き荒れて、おずおずと崖の上を見上げると――。
「わー! すごーい! ほんとにのぼれちゃったー!」
壁面の中央付近で、フィオが岩の出っ張りに腰掛けてニコニコとしていた。
もちろんその体には魔法の光がうっすら宿っていて――。
「マジかー……」
愛娘のあまりの優秀さに、カインは苦笑いするしかなかったという。
続きは4月18日(土)更新予定です。





