クズ賢者、愛娘を特訓する
トーカに教えてもらったその山は、乗合馬車で一時間ほどの場所にあった。
カインたちの住む山と比べると二倍以上の広さがあり、標高も高い。山頂に向かうにつれて植物が減って岩肌がむき出しになり、切り立った断崖絶壁が続く。
よって猟師も滅多にこの山には立ち入らず、山道も獣道のように荒れ果てている。
人の手が入らないせいで緑も多く、日差しを遮り昼でもどんよりと暗い。
ピクニックには決して適さないような山だった。
しかしフィオはご機嫌で山道をゆく。
鼻歌まじりだし足取りも軽い。カインと右手をつないで、もう片方の手であちこちに立ち並ぶ看板を指さしていく。
「ねえねえ、パパ。この小山はたくさん看板があるねえ」
「そうだなあ、読めるか?」
「うん! もうバッチリだよ!」
フィオはふふーんと胸を張る。
最初のころは簡単な単語しか読めなかったフィオだが、カインが付きっきりで教えたおかげか、最近では自分ひとりでも絵本が読めるようになっていた。
自信満々の様子で看板に書かれた文字を読んでいく。
「あっちはねー『立ち入り禁止』だしこっちは『猛獣注意』で……あっ、そっちは『早まるな!』だって」
「その通りだ! えらいぞー、フィオ!」
「えへへー。フィオすごいでしょ!」
カインが頭をわしゃわしゃと撫でれば、フィオはますますご満悦の様子だった。
この山は滅多に魔物こそ出ないものの、気性の荒い動物が出ることでも有名だ。おかげで自殺の名所らしい。
カインはそこで立ち止まり、フィオの顔を覗き込む。いくぶん真面目な調子で語りかける。
「この山は凶暴な動物がたくさんいたり、崖があったりするんだ。だから危ない。わかるか?」
「うん! でもフィオなら大丈夫だよ!」
フィオは笑顔を崩さない。
小さな人差し指を向けて、軽い掛け声を叫ぶ。
「えいっ!」
バコーン!
その人差し指から雷撃が走り、ボロボロになっていた看板を撃ち抜いた。
呪文省略という高等技術かつ、狙いは正確で、ほかに被害はない。たったそれだけでもたいした腕前だと知れる芸当だ。
「どう? これなら何が来ても怖くないでしょ?」
「そうだなあ……」
カインはあごを撫でて唸る。
たしかにこれなら多少の危険があっても対処できるかもしれない。しかし問題は山積みだ。
「でもフィオ。約束したよな、その力はちゃんと考えて使うって」
「うっ……か、考えて使うもん! ちゃんとお花さんとかに当たらないようにもするし!」
「それでも、慌てた時とかに狙いが逸れちまうかもしれねえだろ? そしたら最悪山火事だ。何にも悪いことしてねえ動物たちが、住処を追われるはめになるんだぞ」
「うううっ……」
フィオは言い訳も浮かばないのか、真っ青な顔で黙り込んでしまう。慢心も一瞬で消え去ったらしい。
それにカインはうなずく。
「いいか、魔法を制御できるようになっても決して油断するな。フィオにはまだ経験が足りねえからな」
「経験?」
いくら強い力を持っていても、それを正しく使えなければかえって力に振り回されてしまう。
予想もしなかった事態を招くことも考えられて……フィオにはそんな目に遭って欲しくなかった。
「だから今日はいい機会だし、魔法をたくさん練習しよう。ただし、俺がいいって言ったら使うこと。それ以外のときは、よっぽど危ない目にあったときを除いてダメだ。わかったな?」
「わ、わかった」
フィオは真剣な顔でこくこくとうなずいた。
どうやら分かってくれたらしい。一安心しつつ、カインはニカっと笑う。
「よし、それなら最初は他の魔法を覚えるところからだな」
「電気ビリビリだけじゃダメなの?」
「ダメじゃないけど、それ以外も覚えると便利なもんだぞ」
炎や水を操る五大元素魔法から、怪我を治す治癒魔法、泥人形に仮初の命を吹き込む魔法など……魔法にはさまざまな種類が存在する。
どれだけ多くの魔法を覚えているかがステータスになるほどだ。
(その中でも、フィオが雷の魔法をまず覚えたのは……『よく知っていた』からだ)
出会った当時、フィオが施されていた首輪。あの首輪は魔法の電流を生み出す仕掛けがついていた。おそらくフィオはそれを何度も受けたせいで、まず最初に魔法の雷を覚えてしまったのだろう。
トラウマになることなく、自らの武器として使いこなせている点は安心だ。
だがしかし、水浸しの湿地のように雷を気軽に使えない場面もある。手数が多いのに越したことはないのだ。
「そういうわけで、まず最初に練習するのは……おっ。ちょうどいいや」
「なになに?」
ふと目に付いた方角を目指し、フィオの手を引いて獣道を外れて進む。
藪はすぐに開け、目の前に立ちはだかるのは切り立った崖だ。高さはおよそ二十メートルくらいか。
カインはその頂上をびしっと指し示す。
「よし、フィオ! 魔法を使って、この崖を登るぞ!」
「えええっ!?」
次回は4月16日(木)更新予定です。
大変な時期ではありますが、少しでもお暇つぶしになれば幸いです。





