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クズ賢者、また勘違いされる

 その次の日の、早朝のことだ。

 ヒューゲル将軍の副官、ドランクはライラックの町の裏にそびえる山を登っていた。

 この先の屋敷で、クズ賢者カインが居を構え、魔王の娘と暮らしているという。

 藪をかき分け進みながら、彼は青白い顔でため息をこぼす。


「まさか、あの調査が本当だったとは……」


 ヒューゲル将軍もドランクも、先の調査を一切信じなかった。

 その真偽をこの目で確かめるため、わざわざ単身で乗り込んできたというわけだ。

 エリート官僚上がりであるため荒事は得意ではないものの、多少は隠密魔法の心得がある。


 忠誠心からの行動……ではなかった。

 将軍の悪事が明るみに出れば、それを補佐したドランクにも累が及ぶ。

 だから何としてでも、事態を正しく把握する必要があったのだ。

 だがしかし、いざ町で見かけたカイン達は、調査通りの『仲良し親子』そのもので――。


「しかし、もっと分からないのは市民の評価だ。いったいどういうことだ……?」


 ドランクはここに来るまで何度も調査報告に目を通していた。

 密偵が調べ上げた町民達の証言は、あまりにも信じがたいものばかりだったのだ。


 いわく『町を救った救世主』だの『無実の罪で都を追われた悲劇のヒーロー』だの……『子煩悩な善人』、『この前無給で店を手伝ってくれたいい人』、『イケメン』、『素敵』、『抱かれたい』などなど……。


 いずれもカインの本当の顔――奴隷商を営む血も涙もないクズ賢者(※ドランクの私見)からは、大きくかけ離れていた。


(まさか本当に、賢者カインは善人だとでも言うのか……?)


 あり得ない可能性が脳裏をよぎった、そのときだ。

 藪の向こうからかすかな声が聞こえてきた。

 どうやらいつの間にかカイン達の屋敷のすぐそばまでやってきていたらしい。足音を立てないように注意しながら、そっと移動する。そうして木陰から、遠目に屋敷を窺って――。

 

「なっ……!?」


 ドランクは大きく息を呑んだ。

 屋敷のその前。

 そこではニコニコ笑う魔王の娘と、その正面で地に伏せるカインの姿があったのだ。


 会話の詳細までは聞き取れないが、カインの物らしきうめき声が風に乗って聞こえてきて……どこからどう見ても、戦闘訓練にしか見えなかった。

 

(そうか、町民達に見せていたのは偽りの顔! やつは魔王の娘を始末するのではなく……この地で兵器として密かに育て上げることにしたのか!)


 そんな確信を得て、ドランクの全身の毛がぞわりと逆立った。


 それと同時に自分たちの愚策を呪った。

 ふたりを潰し合わせるどころか……このままでは世界最強の脅威が生まれてしまう。クズ賢者はドランクたちの一枚も二枚も上手だったというわけだ。

 あまりの真相に恐れおののくドランク。


 だがしかし、彼がもう少し早くこの場に辿り着いていれば、もっと違った真実に気付けたはずだった。




 時を遡ること、およそ五分前のこと。

 玄関扉を開けて、カインは屋敷の外に出た。

 空はよく晴れ渡っており、空気もからっと爽やかだ。春の陽気が降り注ぐ、絶好のお出かけ日和と言うべき光景だった。

 そんな景色に目を細め、カインはうなずく。


「よーし、いい天気じゃねえか。弁当も飲み物も持ったし……忘れ物はねえな」

 

 用意した大きなバスケットには、明け方から用意した弁当が入っている。

 サンドイッチにフルーツの盛り合わせ。冷たい水もお菓子もある。もしものときのためにポーションなども万全だ。

 そんなふうに今日の準備を確認してから、カインは二階へ呼びかける。

 

「おーい、フィオ! そろそろ行くぞー」

「はーい! 待ってパパー!」

 

 そんな声と、ばたばたと階段を降りる音が続き――すぐにフィオが顔を出した。こちらも今日の準備は万端らしい。

 

「えへへ、パパ。どうかな?」

「どうってお前……なあ」

 

 にこにこと笑う愛娘を見て、カインは片手で顔を覆う。

 そうして天を仰いで――万感の思いを叫んだ。


「可愛いじゃねえか畜生……!」

「えへへー」


 フィオはご機嫌である。

 今日の山登りのために新しく買った服一式は、とてもフィオに似合っていた。

 七部丈のシャツに、膝上丈のミニスカート。そこに転んでも怪我がないように厚手のレギンスを合わせてる。靴も歩きやすいものを選んだ。肩にかけた小さな水筒もパステルな色合いで、明るく活発な雰囲気だ。


「でもね、このお帽子も可愛いの! 見て見て、ほら!」

「ぎゃあああ! そんなの可愛すぎる……!」


 そう言って被った帽子は、猫の耳らしき飾りが付いていた。

 愛娘に猫耳。そのあまりの破壊力に膝が抜けてしまう。カインはその場に膝をつき、頭を抱えて呻くしかない。


「うううっ……お、俺様はもうダメだ……娘の可愛さで、死ぬ……!」

「もー。パパったら、昨日からずっとそればっかりなんだから」

 

 呻くカインを見下ろしながら、フィオは呆れたように言う。

 それでも褒められて嬉しいのか、ニコニコ笑顔は消えようもなかった。

 それがまた可愛くて可愛くて、カインはますますその可愛さに悶え苦しみ――そこでふと、奇妙なことに気付いた。


(ああ? なんだ、この気配は……)


 少し先の藪の中から、カインたちの様子を伺う何者かの気配がした。

 身のこなしは素人同然。だがしかし、ただの町民にしてはどこか様子がおかしくて……訝しんでいたカインだが、思い当たることがあった。

 

(ひょっとして、これがトーカの言ってた記者さんか!? 俺の取材をしてるっつー!)

 

 何人もの住民に声をかけ、カインのことを調べているという記者。

 間違いなく、それがそうだと直感した。

 おもわず駆け寄って無実を訴えかけそうになるが……その衝動をグッと堪える。


(いやいや、それはダメだ……ここで俺様が変にアプローチしちゃ、まーた余計な誤解を与えかねねえ……)

 

 町の住民に受け入れてもらったと言っても油断はできない。

 これまでの自分の行動を鑑みるに、また失敗する可能性は十分にあった。最悪、なぜかまた悪評が増える恐れもあって――。

 

(となると、ここは気付かないフリをして……俺様の本当の姿を知ってもらうのが一番だな! よし!)


 まさか愛娘に萌え転がっている様子を、戦闘訓練だと勘違いされていると気付くはずもなく。

 密着取材はスルーして、今日はフィオと一日仲良し親子のお出かけを満喫しようと決めた。


 そうと決まれば話は早かった。カインは記者(らしき気配)のことは一旦忘れて立ち上がる。フィオににかっと笑いかけ、びしっと東の方角を指し示した。


「よし、フィオ。今日は一日頑張るぞ!」

「おー! マリアちゃんのママのためだよね!」


 フィオもぴょこぴょこ跳ねて、今日の意気込みを叫んで見せた。

 こうしてカイン親子の平和な一日兼、ドランクの人生で最も災難な一日が幕を開けた。

続きは4月14日(火)更新します!

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― 新着の感想 ―
[一言] 早くクズ賢者の誤解解けてほしい… そして娘さんと末永く仲良く暮らしてほしいです…
[一言] 勘違い…すごい…!
[気になる点] 『抱かれたい』などなど!? 誰だ言ったやつ!?
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