クズ賢者、人助けを決意する
そして石化病というのは体のあちこちが石のように固まる病気だ。放置しておけば石化はいずれ心臓にまで届き、命を奪う。
「今は進行を遅らせる薬で、なんとか誤魔化しているような状況なんですけど……」
「はい。トーカお姉ちゃんが、特別に安くお薬を売ってくれるんです」
「へえ……意外だなあ」
「……カインさん、私をただの守銭奴だと思っていますね?」
幾分ムッとしたようにトーカが目をつり上げる。
「お金儲けは大好きですけど、困った人は放っておけませんから。その人に合った適正価格で卸しているだけです」
「だから私、ここのお手伝いをしてるんです。町の人たちもお仕事たくさん任せてくれるから、お薬代はなんとかなっているんですけど……やっぱりお母さん、毎日辛そうで……」
聞けばマリアの母親は、たったひとりで小さな食堂を営んでいるらしい。
夫は何年も前に亡くなって、女手一つでマリアを育て上げた。
食堂は町でも評判の人気店だったが、母親が病に倒れてからはずっと休業が続いているらしい。母親も家でずっと寝たきりで、すっかり痩せ細ってしまっているという。
話を聞けば聞くほど、カインの良心はズキズキと痛んだ。
よくある話と言えばその通りだが、だからと言って見過ごすわけにはいかなかった。
カインはぐっと拳を握って、フィオに笑いかける。
「よし、それじゃあフィオ。明日の予定は決まりだな」
「うん。もちろんわかってるよ、パパ」
フィオもまたにっこりと笑う。思いはどうやら一緒らしい。
せーの、で親子同時に明日の予定を口にする。
「フィオはここでトーカと留守番だ!」
「パパと一緒にお出かけだね!」
「うん?」
「あれ?」
ハモるはずだったセリフは、完全に食い違ってしまった。
フィオはきょとんと首をかしげてみせる。
「パパ、お山に行くんでしょ。お薬の材料のために」
「えっ……!」
それを聞いてマリアが目を丸くする。
「ど、どうしてですか……?」
「どうしてって、決まってるだろ」
目の前に困っている人がいるなら、手を差し伸べる。
それがカインの信条だ。おまけに今回はまたさらに別の理由があった。
「娘の友達の一大事だ。力になりてえって思うのは当然のことだろ」
「カインさん……」
「それはフィオも一緒だよ! マリアちゃんのママに、元気になってもらいたいもん!」
ぴょこぴょこ飛び跳ねて、フィオは元気よく挙手する。
「だからフィオも一緒に行って、お手伝いする!」
「おまえ……無理矢理置いて行っても、また俺様を追いかけてくるつもりだろ。こないだみたいに」
「うん。げんこつも覚悟の上だよ」
「一丁前によォ……」
カインはため息をこぼすしかない。
どうやら娘は順調に、とびきりのいい子へ育ちつつあるようだ。
(まあでも、それなら連れてった方が安全か……人がいない山なら、フィオの力を見るのにちょうどいいかもしれねえし)
フィオは魔法を制御できるようになった。
だがしかし、その力がどれほどのものなのかは、未だカインにも未知数だ。
人里離れた山奥なら、多少大きな魔法をぶちかましても騒ぎになることはない。周囲の環境に配慮することは必須だが、気兼ねなく試すことができるだろう。
カインは頭を掻いて、フィオの頭を撫でる。
「仕方ねえな。一緒に行くか、フィオ」
「やった! 待っててね、マリアちゃん。絶対お母さんのご病気、治してみせるから!」
「う、うん……! ありがとう、フィオちゃん、カインさん……!」
「あうっ、な、泣いちゃダメだよ、マリアちゃん。ちゃんと笑って。フィオと一緒にアイス食べよ? ね?」
マリアは涙ながらにお礼を言う。
そんなマリアの手を握って、フィオはあたふたと慰めた。
子供二人の微笑ましい光景に目を細めていたカインに、トーカが笑顔を向ける。
「それじゃあ、あとで地図をお渡ししますね。ついでにピクニック用の子供服や水筒なんかはいかがですか? ちょうど可愛いのが揃ってるんですよ」
「やっぱりおまえ守銭奴じゃねえか……」
「あら、ご入り用じゃありませんか?」
「くっ……買うに決まってんだろ! あるだけ全部見せやがれ!」
「お買い上げありがとうございます~♪」
そんなこんなで、明日の遠出が決定した。
わいわいと賑やかなトラトロク商店。
それを物陰から見つめる人影があった。
ありきたりの軽装に身を包んだ、眼鏡の男だ。
一見すればただの旅人であり……まさか彼が王都の役人、ヒューゲル将軍の副官であるなどとは町の誰も気付かないことだろう。
副官――ドランクは店を凝視したまま、ごくりと喉を鳴らす。
先ほど扉が開いたとき、中の様子が少しだけ垣間見えた。
あそこにいたのは間違いなく、今回の調査のターゲット。賢者カインと魔王の娘だ。
「賢者カイン……まさか本当に、魔王の娘を手懐けたのか……!?」
次回は4月12日(日)更新予定です。





