クズ賢者、それなりに満足する
パーティ会場でクーデリアの帰りを待っていると、そこにヒューゲル将軍が話しかけてきた。
しばし談笑したあと、彼が持ちかけてきたのは……なんとこの国で禁じられているはずの奴隷の売買で。
しかも熱心に売り込んできたのが、どれもまだ幼い子供達ばかりだった。
どうとでも使い道はあるだの、好みの種族をなんでも仕入れてやるだのとほざく下卑た輩に我慢がならず、その場で思いっきりぶん殴ってしまったのだ。
これが騒動の真実だった。
クーデリアは呆れたように眉を寄せる。
『ほんっと、将軍も愚かな方でございますわよねえ。カイン様は人を……特に子供を食い物にする輩が大嫌いですのに』
「当たり前だろ。ガキはこの世の宝じゃねえか」
カインはふんっと鼻を鳴らす。
次の世代を担う子供は、金にも銀にも変えられない宝物だ。
世界中の子供はみな、温かい家庭でぬくぬくと何の不安もなく育つべき――それがカインの信条だった。
『ちなみに、どういう流れで奴隷の売買を持ちかけられたんですの?』
「ああ? そうだな、確か……」
ヒューゲル将軍が人目を憚るように声をひそめ、こう問いかけてきたのだ。
曰く――『ところで貴殿は……子供はお好きですかな』と。
「だから俺様は、爽やかな笑顔でこう言ってやったわけよ。『もちろんガキは大好きだ』ってな」
『はい、アウトです』
「なんでだ!?」
『なんでって……鏡をご覧くださいまし。その笑顔とそのセリフじゃ、完全に変態趣味の悪人ですわよ』
「まさかそんな…………うわあ」
普通の鏡をのぞき込むと、地獄の番人めいた凶悪な男が映り込んでいた。
気の弱い女性や子供なら一発で失神しただろう。カイン自身も少し引くほどだった。
(やっぱり顔かあ……顔が悪いのか……)
しょんぼり肩を落とし、カインはクッキーの包みに目を落とす。
毎朝新聞を届けてくれるあの少女に、少しでもお礼がしたかったのだ。お小遣いの用意もしてあった。それなのに……まさか命乞いをされるとは思わなかった。
子供は好きだが、子供から懐かれることはほとんどない。カインはそういった悲しすぎる星のもとに生まれていた。
どんより沈み込むカインを見て、クーデリアは励ますようにふんわりと笑う。
『まあまあ、そう落ち込まないでくださいまし。本日は良い知らせがあるんですよ』
「良い知らせだァ……?」
『はい。そうやってヒューゲル将軍がボロを出してくださったおかげで……』
そこでクーデリアはどこからともなくパーティ用のクラッカーを取り出して、ぽんっと鳴らす。
『なんと人身売買組織をひとつ、根絶やしにすることができましたー♡』
「っ……それは本当か!?」
『ええ。ギルドの者達を総動員した甲斐がありました。奴隷にされていた人たちはみーんな、信頼できる施設で保護しておりますわ』
「そうか……」
カインはほっと胸を撫で下ろす。
とてつもない濡れ衣を着せられたことは納得いかないが……その裏で多くの人々が救われたのなら、溜飲が下がる思いだった。
「なら俺様は大満足だ。これだけ痛い目を見りゃ、あのバカも商売を続けようなんて気は起こさねえだろ」
『でしょうねえ。末端まで含めて全員お縄につけましたし……でも』
クーデリアはそこで頬に手を当て、ため息をこぼす。
『組織と将軍を繋ぐ証拠が全然出てこなかったんです。慌てて隠滅を図ったようで……はーあ。でも、近日中にケリを付けてご報告致しますわね♡』
「すまねえな。いくら冒険者ギルドのギルド長でも、並大抵の労力じゃねえだろうに」
『何をおっしゃいますやら。カイン様のお役に立てるのでしたら、これくらい安いものですわ』
カインの頼みに、クーデリアは二つ返事でうなずく。
そのままウットリと頬を染めて言うことには――。
『それにここで恩を売っておけば、今度こそカイン様から婚姻届にサインをいただけるかもしれませんし……式場やハネムーンの準備も進めておきますわね♡』
「いや、何度でも言うが、おまえならもっといい男が狙えるだろ……俺様なんかやめとけっての」
『何をおっしゃいます! カイン様以外の男などボウフラ以下ですわ!』
ぷんぷんと頭に湯気を立てて怒るクーデリアだった。
相変わらず趣味が悪いなあ……なんてカインが呆れていると、彼女は眉をひそめて続ける。
『でもお気を付けてくださいましね? ヒューゲル将軍ったら、どうやらカイン様に相当な恨みを抱いているようですから』
「はあ? 元はといえばあいつの自爆じゃねえか」
『ですが武人はメンツが命ですからねえ。人前で無様な姿を晒した上に、子飼いの組織は壊滅。最近はなんだか怪しい動きも見せているようですし……重々ご注意くださいませ』
「けっ、下らねえ。だが……いいじゃねえか」
カインはニタリと笑い、どんっと自分の胸を叩く。
「何か仕掛けてくるっつーのなら受けて立つ。退屈しのぎにはちょうどいいぜ」
『ま、カイン様ならそうおっしゃると思いましたわ』
クーデリアは安心したように笑う。
『ちなみにリリア姫もご協力いただけるようです。かねがねあの将軍はキナ臭いと思ってらしたようで』
「そりゃあいい。姫様が味方なら百人力だ」
『ええ、姫様ったらそれはもうひどくご立腹で。この前なんか、大理石の柱を素手で――』
そうしてリリア姫のほのぼのとした近況を続けかけた、そのときだ。
屋敷の玄関から、ドアベルを鳴らす音が響いた。
「ああ? 誰だ、こんな時に……すまねえな、また連絡する」
『はいはーい♡ あなた様のクーデリア、いつでもお待ちしておりますわ♡』
クーデリアが投げキッスを飛ばすと同時、鏡の中からその姿がかき消える。
カインはそれを見届けて、玄関まで足を向けた。
ひょっとするとあの少女が戻ってきたのか、と期待したが……それは全く予想外の客人だった。
続きは明日更新します。
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