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クズ賢者、今度こそ少女にお礼する

 少女が店に入ってくると、フィオが目を丸くして声を上げる。


「あっ、この前の!」

「こ、こんにちは」


 少女はぺこりと頭を下げる。

 それを見て、トーカはにっこりと微笑んでみせた。


「いらっしゃい、マリアちゃん」

「知ってる子なのか?」

「ええ。うちの配達なんかを手伝ってくれる子なんです。今日はどんなご用件ですか?」

「あ、あの……」


 少女――マリアはしばしもじもじと逡巡する。

 しかし覚悟を決めるように小さく息を呑んでから、フィオに向かって頭を下げた。


「この前は……助けてくれて、ありがとうございました!」

「えっ」


 それにフィオはぽかんとする。

 マリアは顔を上げ、はにかんで続けた。

 

「ずっとお礼を言いたかったんです。本当にありがとうございました。」

「う、ううん! 怪我がなくてよかったよ。大丈夫?」

「はい。ちょっと擦り剥いただけでした」


 気遣うフィオに、マリアは笑みを深めてみせる。

 そうして次はカインに向き直った。すこしだけ顔を緊張にこわばらせつつも、やはりぺこりとお辞儀する。


「カインさんも、ありがとうございました。狼たちを追っ払ってくれたって、町の人から聞いて……これまで何度も逃げちゃって、ごめんなさい」

「い、いやいや気にすんな! こんな男に声をかけられたら逃げるのは当たり前だからな!」

「ご、ごめんなさい……ずっと怖い人だとばっかり思ってて……」


 マリアは申し訳なさそうに顔をくしゃりと歪める。

 どうやら魔狼事件の顛末を聞いて、カインへの見識を改めてくれたらしい。

 そのこと自体は嬉しいが、幼い少女を悲しませるのは本意ではない。アイスのメニューを差し出して、つとめて明るく言う。


「それよりほら、好きなアイスを頼んでいいぞ。俺様のおごりだ」

「えっ……あ、あの……いいんですか?」

「もちろんだ。毎日新聞とか届けてくれるだろ? そのお礼だよ」


 にかっと笑えば、マリアはおずおずとメニュー表を受け取った。

 それを見てから眉を下げてカインの顔をうかがう。


「そ、それじゃ……持って帰ってもいいですか?」

「へ? 別にいいけどよ。今は腹一杯なのか」

「ううん。家で待ってるお母さんにも、食べさせてあげたいんです」

「うおお……いい子だなあ!」


 仕事熱心だし親思い。もともと高かった好感度が完全に振り切れた。

 

「だったらそれとは別で、お土産にたくさん持たせてやるよ。そっちをお母さんに食べさせてやれ」

「い、いいんですか?」

「ああ、そのかわりと言っちゃ何だが……」


 そこでカインは愛娘の頭にぽんっと手を乗せる。


「うちのフィオと仲良くしてやってくれねえか? まだあんまり町で同じ年頃の友達がいねえんだよ」

「う、うん。よろしくね、フィオちゃん」

「うん! マリアちゃん、よろしくね。えへへ、お友達ができちゃった!」

「よかったですねえ、フィオちゃん」


 にこにこ笑うフィオのことを、トーカも微笑ましそうに見つめていた。

 しかしその面持ちがすぐにすっと固くなる。マリアの前にしゃがみ込み、すこし平板な声で問いかけた。


「それより、今日会えてちょうどよかった。マリアちゃんに聞きたいことがあるんです」

「な、なんですか?」

「この前……魔狼に襲われたあの日、マリアちゃんはどこに行こうとしていたんですか?」

「へ」


 マリアはきょとんと目を丸くする。

 カインとフィオも顔を見合わせるだけだった。

 しんと静まりかえった店の中で、トーカは続ける。


「あの日、私が頼んだのは町の中への配達です。他のお店の方々も、魔狼が出るようになってからあの方角への配達は誰も頼んでいませんでした」

「……」


 マリアはばつが悪そうに俯いてしまう。

 そんな少女に、トーカは傷ましげに眉を寄せ、確信めいた語調で問いかけた。


「やっぱりマリアちゃんは……あの山に行こうとしたんですね?」

「……はい」

「山? そこに何かあるのか?」

「薬の、材料……」


 カインの問いかけに、マリアはうつむいたままぽつぽつと言った。


「私のお母さん……病気なんです」

「その特効薬の材料が、ここから少し先の山で採れるんですけどね……大人の足でも厳しい道のりなんです。私も取り寄せようと捜しているところなんですけど、なかなか見つからなくて」

「なるほどなあ……」


 カインはあごを撫でてうなる。

 つまりマリアは病床の母を思う一心で、あの日無謀な旅に出ようとしたのだ。あそこで魔狼に出くわしていなければ……もっと危険な目に遭っていたかも知れない。

 そこでフィオが慌てたように叫ぶ。


「だったらパパに治してもらえばいいんだよ! マリアちゃんのママ、きっとすぐによくなるよ!」

「まあ、治療魔法は得意だけどよ……」


 カインはぼりぼりと頭をかく。


「ちなみにどんな病気なんだ?」

「重度の石化病です」

「あー……そりゃ俺様でも無理だな」

「えええっ!? パパの魔法はすごいのに!」

「怪我と病気はまた違うんだよ。何て言えばいいのか……毒みたいなもんが、体の中に入り込んじまってる状態なんだ」


 いくら回復魔法で体力や怪我を治せても、病気の元が体の中に残った状態では、またすぐに悪化してしまう。病気にはその病気に合った対処法を採るしかないのである。

本日から二日ごと更新に切り替えます。続きは4月10日(金)。

理由としては六月に出る書籍化作品『やたらと察しのいい俺は〜』の書き溜めを可能な限りしたいという……本当に申し訳ございません。


新型コロナの影響があちこちに出る昨今ですが、少しでもみなさんの息抜きになるように今後もゆるゆるやっていきます。お楽しみいただければ幸いです!

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― 新着の感想 ―
[良い点] マリアちゃんもええ子やなぁ~ 賢者でも治せないとはかなり特殊な病気なんかな [一言] 特効薬の材料を取りに行くのかな? 笑顔にニマニマしつつ守護らねば! 更新進度了解です
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