クズ賢者、勘違いする
「あはは。それは大変でしたねえ」
「笑い事じゃねえんだよなあ……」
トラトロク商店で、カインは肩をすくめるしかない。
すぐそばには町の住民たちからもらった野菜や果物、お菓子や絵本などが入った木箱がいくつも積み上げられていた。
今日はちょっとした散歩のつもりで町へやってきたのだが、またこんなことになってしまった。
トーカは木箱の山を見上げてくすくすと笑う。
「仕方ありませんよ。カインさんったら、もうすっかり町の人気者なんですから」
「それが未だに信じられねえんだよ……だって俺様、この顔だぞ? どう見たって極悪人のクズ賢者だろうが」
「きっと町長さんたちのお口添えが効いたんですよ。あちこちでカインさんのこと話してらっしゃいましたから」
魔狼を討伐して、町長ならびに町の青年団達とは大いに仲が深まった。
それで満足していたカインだったが……話はそこで終わらなかった。
数日後に再び町を訪れたカインたちを待っていたのは、住民達からの大歓迎ムードだったのだ。
どうやら町長たちがあちこちでカインの武勇伝を語り、町の救世主だと喧伝して回ったらしい。
その時点ではまだ懐疑的な者もいたようだが、そんな人々もカインとフィオが至る所で人助けに精を出すところを見たり聞いたりしたらしく、疑いの目は急速に薄れていった。
そうして気付けばこの状態だ。
これまでの白い目が嘘のように、カインはあちこちで持て囃されるようになっていた。
クズ賢者とは誰も呼ばず、完全に『いい人』扱いである。
(まさかこの俺様がなあ……)
歓迎されるのは嬉しいし、声をかけて怖がられることもない。
だがしかし、変化が劇的すぎて気持ちが追い付いていないというのが本音だった。
ひとまず野菜などのお礼をまたしなければ……と考えていると、トーカがいたずらっぽく笑う。
「それに、この町だけじゃないみたいですよ。カインさんの噂が広まっているのは」
「はあ? そりゃまたどういう意味だ」
「この前、見知らぬ人からカインさんのことを聞かれたんです。きっと新聞記者さんか何かですよ。いい人だって言っておきましたからね!」
「ま、マジか……!」
「ええ。他にも聞かれた人がいたみたいですけど、みんな同じように答えたみたいですよ」
「ありがとう! 本当にありがとう……!」
にこにこ笑うトーカの手を握って、カインは深く頭を下げた。
(どこの記者か知らねえが……これで真実が広まれば、クズ賢者の汚名は晴れるに違いねえ! 頼むぞ、記者!)
顔も知らないその人物に、カインは心の中で熱いエールを送っておく。
まさかそれが取材中の記者などではなく、ヒューゲル将軍の放った密偵だったなんて、このときは思いもしなかった。
「えへへー。よく分かんないけど、よかったねえ、パパ」
大人達がそんな話を繰り広げている間、フィオは木箱のひとつに腰掛けて、にこにこ笑顔でチョコを頬張っていた。
先ほどアンナたちからもらったものである。他にも住民達からいろんなお菓子や絵本をもらったりして、すっかりご満悦の様子だった。
「ねえねえ、パパ。アンナお姉ちゃんからもらったチョコ、もう一個だけ食べてもいい?」
「いや、ダメだ。あんまり食べ過ぎちゃ虫歯になるだろ。残りはまた明日のおやつにしろ」
「ううー……もう一個だけ……だめ?」
「ダメですよ、フィオちゃん。カインさんの言うことはちゃんと聞かないと」
唇を尖らせるフィオのことを、トーカがそっとたしなめる。
ありがたい助け船だと思った次の瞬間、彼女はカラフルなチラシをどこからともなく取り出してみせた。
「チョコもいいですが、実は今日からうちの店でアイスクリームの取り扱いを始めたんです。いかがですか?」
「アイス……!? パパ! フィオ、アイスも食べたい!」
「この商売上手め……帰ったらちゃんと歯を磨くんだぞ」
「いっぱい磨く! それじゃあね、フィオねえ……このイチゴのアイスがいい!」
「お買い上げありがとうございます♪ ではでは少々お待ちくださいませ~」
そう言って、トーカは店の奥へと引っ込んでいった。
続きはまた明日。
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