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クズ賢者、町の人気者になる

 この世界に生きる者なら、誰でも魔王について知っている。

 世界を脅かす脅威、ありとあらゆる魔物を従える権能、絶大な魔力……。

 だがしかし世界中でたったひとりだけ、カインだけが魔王について知ることがあった。

 それは魔王が事切れる寸前に見せた、不思議な行動だ。

 


 今から半年ほど前のこと。

 カインと魔王は人里離れた山脈で三日三晩もの死闘を演じた。


 互いに持てる力の全てを出し尽くした戦いは、地形が大きく変わるほどに壮絶なもので、誰一人として手が出せず、ただ遠くから見守ることしかできなかった。

 ゆえに最後の瞬間は、たったふたりで迎えることとなった。


 とうとう魔王が倒れたとき、カインもまた相当な痛手を負って、地面に膝をついていた。

 しかし勝敗は明確だった。魔王の体は、その身を覆い隠す黒いローブごとゆっくりと塵と化して崩れ始めていたからだ。


 ついにカインは仇を討った。

 しかしそのとき彼の胸を締めていたのは、達成感とはかけ離れたものだった。

 

『最後にもう一度聞かせろ……魔王』

 

 血反吐を吐き、泥にまみれながらも、カインはあらん限りの声で叫んだ。

 

『どうしておまえは、俺様の親父を……村のみんなを殺した! どうして多くの命を奪った! 何故だ! 魔王!』

『……』

 

 戦いの最中に何度もぶつけたその問いかけに、やはりこの時もまた魔王は何も答えることがなかった。

 カインはただ知りたかったのだ。

 親のいない自分を育ててくれた養父や、よくしてくれた村のみんな、そのほか世界中の人々が……命を落とさなければならなかった、その理由を。


(結局何も、分からず終いか……)

 

 カインがそう諦めかけた、そのときだ。

 

『…………』

『なっ……!?』

 

 魔王が地に伏したまま、その右手をカインの方へゆっくりと伸ばしたのだ。

 最後に一矢報いる気かと思ったが、そこには一切の魔力が感じられなかった。


 カインは固唾を飲んでそれを見守った。

 馬鹿げた話だが、まるで助けを求めるような手に見えたのだ。


 だがしかし、魔王の体はそれからすぐに崩れ落ち……あとには残骸だけが残された。

 宿敵の呆気ない終わりを見届けたあと、カインは呆然と口を開いた。

 

『今のは……いったい何だったんだ……?』

 

 カインはそのことが引っかかりつつも……結局誰にも他言することはなく、胸の内だけにしまっておいた。魔王が手を伸ばした理由など誰にもわかるはずはなく、永遠の謎のまま終わるはずだったからだ。

 

 だがしかし、カインは今になってこうも考えるようになっていた。

 魔王はひょっとしたら……自身の娘を託したかったのではないか、と。

 



 

 その日もカインとフィオは麓の町、ライラックにやってきていた。

 魔狼騒ぎからは一週間ほどが経過しており、町はすっかり落ち着きを取り戻していた。

 だがしかし、変わったことが一つあった。

 それは――。

 

「カイン様〜♡」

「うわっ!?」


 町の入り口広場に、一歩足を踏み入れたときだ。

 甘ったるい声がしたかと思えば、カインの横手からぎゅうっと抱きつく人物がいた。しかも三人。

 その顔ぶれを見て、カインは目を丸くしつつもため息をこぼす。

 

「なんだ、またおまえらかよ……」

「はい。私たちです!」


 三人の女性たちはにこにこ笑って言う。

 それぞれアンナ、ベアト、チェルシー。

 初めてこの町に来たとき、カインを見て「人攫い?」とひそひそしていた面々である。


 あのときはあからさまに不審者を見るような目でカインを見ていたが……今、彼女らの目には色濃いハートマークが浮かんでいた。

 

「カイン様、先日はどうもありがとうございました! 転んで破けたスカート、あっという間に繕ってくださって……本当、素敵でした!」

「いやいや、あれくらいどうってことねーっての。それよりほら、頼まれてた刺繍。できたぞ」

「きゃあ! かわいい~!」

「ほんとにお上手なんですねえ……私、このお花のやつがいいです!」

「ありがとうございます! 家宝にします!」

 

 刺繍を施したハンカチを渡せば、三人娘はきゃっきゃとそれを分け合った。

 先日アンナを助けたのをきっかけに、三人とはすっかり顔見知りになっていた。


 そのアンナがカインの腕にするりと腕を回し、上目遣いに見上げてくる。

 

「よかったら今度お店にも遊びに来てくださいね。おまけしますよ♡」

「あー……でも、子連れで飲み屋はちょっとなあ……」


 三人とも、港近くの飲み屋でウェイトレスとして働いているらしい。

 その熱烈なアタックにしどろもどろになっていたカインだが――。

 

「むうー……」


 それをフィオはぶすーっとした顔で見つめていた。

 しかしやがて我慢がならなくなったのか、カインの足にしがみついて目をつり上げて言い放つ。

 

「パパはフィオのパパだもん! とっちゃダメ!」

「あらら。ごめんね、フィオちゃん。お菓子あげるから許してちょうだいね」

「ほんと? じゃあ許してあげる!」


 アンナが取り出した包みを見て、フィオは目をキラキラさせた。

 その変わり身の早さに、カインはため息をこぼすしかない。

 

「おまえは何様だ。それより、人からお菓子をもらったらなんて言うんだっけ?」

「あっ、そうだった。ありがとうございます! いただきます!」

「ふふ。お行儀いい子にはたくさんあげちゃう。はい、どうぞ」

「わー! チョコレートだ!」

「悪いなあ、いつもいつも……」

「そんな、いいんですよ。私たちも十分美味しい思いをさせていただいておりますし」

「コワモテの男の人と小さい女の子……いい組み合わせだわ……」

「ほんと……こんなに胸がときめくなんて、初恋の時以来よ……」

 

 アンナだけでなく、ベアトとチェルシーもうっとりしたように頬に手を当ててため息をこぼす。

 もうすっかり三人とも、カインとフィオのことを仲良し親子として認めているようである。

 先日の様子からは考えられないくらいの変貌ぶりだ。

 

 だが、変化はこの三人だけにとどまらなかった。

 そんな会話をしている間にも、様々な住民達が寄ってきて声をかけてくる。

 

「よう、カインさん。この前は配達手伝ってくれてありがとよ」

「いい魚が入ったんだ! 持っていきな! こないだうちの婆さんの腰を診てくれたお礼だよ!」

「わしからは野菜をあげようねえ。フィオちゃんにいっぱい食べさせてやるんだよ」

「ちょっ、待て待て!? こんなにたくさんもらえねえよ!? うちはふたり家族だぞ!?」

「あら~、フィオちゃん。今日もパパとお出かけ? よかったわねえ」

「うん! フィオ、お出かけ大好き!」


 みなカインに様々なお土産を持たせて、フィオの頭を撫でていく。

 それ以外の人々も、全員その光景を微笑ましそうに見つめていて――。

 

(これは……マジで現実なのか!?)


 先日の魔狼事件以降、カインは『クズ賢者』の汚名が嘘のように、すっかりこの町に受け入れられてしまっていた。

続きはまた明日。

当分は毎日更新のつもりでしたが、クオリティ維持のため二日に一回くらいになるかもしれません。その際はご了承いただけると幸いです。


お気に召しましたら応援よろしくお願いいたします。ご感想も一言から大歓迎。「草」だけでも大丈夫です!


それと気付いたら10000pt超えておりました。ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 草。では物足りないので大草原。 [気になる点] 魔王というものは、どういう存在なのでしょう。どうにも本意ではなく世界を滅ぼしにかかっているような気がするのですが。 [一言] テンポが良くて…
[一言] 草 嘘です。めちゃくちゃ面白いです!! 応援してます!!!
[一言] 草だけにしようとしたら、ひらがなも必要だった件について(直訴)
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