クズ賢者、善人だと分かってもらえる
その熱い言葉に、カインは目を瞬かせるしかない。
複雑な事情……とは?
ぽかんとするカインをよそに、町長は真剣な顔で続ける。
「ここは田舎ですが、都会のことは新聞などで存じ上げております。日夜武人や貴族による権力争いが繰り広げられ、陰謀誅殺は当たり前。そのような人外魔境の地だと……」
「それはかなり偏見に満ちていると思うぞ!? そういう面もあるにはあるけどよ!」
「ではやはり、カインどのもそうした陰謀に巻き込まれ、無実の罪を着せられ都を追われた……つまりはそういうことですね!?」
「えっ、うーん……そう言えなくもないのか……?」
無実の罪で追放されたのは本当のことだ。
だが、あれが陰謀と言えるかどうかは甚だ疑問だった。わりと自業自得の面があったため。
しかし町長の言葉を聞いて、青い顔をしていた町民たちはハッとした顔を見合わせる。
「そうか……やけに似てない親子だと思ったけど、複雑な事情があるなら納得だな……」
「きっとあの子は御貴族様のご落胤とかで、巨大な陰謀に巻き込まれて……」
「で、命を狙われたあの子を助け出すために、無実の罪を負って都を離れたっていうのか……!?」
「うううっ……辛かったなあ、お嬢ちゃん……! 小さいのにこれまで苦労したんだな!」
「えっ……う、うん……辛いことも、たくさんあったけど……」
フィオは少し俯いてぽつりと言う。これまで虐げられてきた過去を思い出しているのだろう。
しかしすぐににっこりと笑って、カインの手をぎゅっとにぎった。
「でも大丈夫。だって今はパパが一緒にいてくれるもん!」
「健気だぁ……!!」
「都会の奴ら、こんないい子を迫害しやがって……!」
「ああ、許せねえよな……!」
その無邪気な言葉に、大人達はおおいに盛り上がった。
(えっ……なんだ、この空気は……)
カインはやはり戸惑うしかない。
一同がカインやフィオへ向ける眼差しはひどくあたたかなもので、そこには何の嘘偽りも感じられなかったからだ。
「本気で言ってやがるのか……? 俺様、どう見ても悪人面だろう。フィオを連れてるのだって、売り飛ばすつもりかもしれないぞ」
「たしかにカインどのは少々強面でございますが……」
町長はさっと目をそらして正直に答える。
しかし柔らかな笑みを浮かべ、力強くうなずいてみせた。
「あなた様が狼たちの墓を作るところも、彼らに祈りを捧げる様子も、すべて間近で見ておりました。あのように真剣に死を悼むことのできる方が、悪人であるはずはありません。みなもそう言うと思いますよ」
「……そうか」
そこまで言われてしまえば、カインはもう苦笑することしかできなかった。
(『悪人のはずがない』か……まさかクズ賢者とまで呼ばれた俺様が、こんなことを言われるなんてな)
完全に汚名を払拭するにはほど遠い。だがカインは胸を打たれる思いだった。
フィオも空気が変わったことを察してか、ニコニコとカインのことを見上げてくる。
「なんだか分かんないけど、パパがいい人って分かってもらえたの? よかったね、パパ!」
「ああ、これも全部フィオのおかげだ」
「フィオ? フィオ、なんにもしてないよ?」
首をかしげるフィオを抱き上げる。
フィオがいなければカインはこの町に来なかったはずだし、こうして魔狼退治に首を突っ込むことも、多くの理解者が生まれることもなかっただろう。
(ひょっとしたらこの子は……俺様にとって幸運の女神様なのかもしれねえな)
そんな柄にもないことを考えながら、カインはからっと笑う。
「それでもおまえのおかげだ。ありがとな、フィオ」
「えへへ、わかんないけど褒められた!」
フィオはご満悦の様子でぱあっと顔を輝かせた。
そんな親子の様子を町長たちは微笑ましそうな目で見つめていて、やがて彼らは顔を見合わせて笑い合う。
「よし、今日は宴を開くぞ! 町を救ってくださったカインどのを、せめて大いにもてなすんだ!」
「「「おー!」」」
「よかったですねえ、カインさん。それでは宴会のお料理やお酒なんかは私が手配いたしますね。手数料はこれ、このくらいで……」
「ちゃっかりしてるなあ……」
かくしてその日は町長の家で夜まで宴が催され、カインとフィオは手厚い歓待を受けた。
そこで昼間荷物運びを手伝った女性が、町長の娘だと判明したりもして……町を救ったクズ賢者(陰謀によって汚名を着せられた悲劇のヒーロー)の噂は、小さな町にたった一晩で広まった。
続きは明日更新します。明日からは一日一回更新予定。
十万字くらいのキリのいいところまではまったり続けていくので、お暇つぶしになりましたら幸いです!