クズ賢者、バレる
それからカインは森で倒した魔狼を含め、すべての遺体を町の敷地外で埋葬した。
穴を掘って埋めたあと、あたりで摘んだ花を供え、カインは墓の前で手を合わせる。
するとフィオが隣で不思議そうな顔をした。
「パパ、何をやってるの?」
「魔狼たちがゆっくり眠れますように、ってお祈りしてんだよ。東の方の風習らしい」
カインを育ててくれた養父は東方の国の出身だった。彼から教わった習わしなので、正しい作法はよく知らないが……カインは昔から墓の前ではこうして祈りを捧げるのが常だった。
そう説明すると、ますますフィオは眉を寄せてみせる。
「お祈りするの? 悪い狼さんたちなのに?」
「あのな、フィオ。良いも悪いもないんだ」
しゃがみこんでフィオの顔をのぞきこみ、真新しい墓を示す。
「こいつらが馬車や人を襲ったのは、生きようとしたからだ。この辺じゃ大型の動物は滅多にいねえから、食い物に困っていたのかもしれねえ。フィオだって卵とか肉を食べるだろ? それと変わらないことなんだ」
「それじゃあ……フィオは何にも悪いことをしてない狼さんをやっつけちゃったの? フィオは悪いことをしたの?」
「言ったろ、良いも悪いもないんだって。ただ、生きるってのはこういうことなんだ」
あのまま魔狼を放置しておけば、きっと死者が出ていたことだろう。人を襲うことを覚えた魔物と共存する道はない。だから倒した。
生きるためには、何かの命を奪わなければいけない。
その当たり前のことを、フィオにはきちんと理解しておいてもらいたかった。
「いいか、フィオ。おまえの力はたしかにすげえ。だが、その力を使うときはしっかり考えろ。むやみに命を奪うなよ、それだけは決してやっちゃいけないことなんだ」
「……わかった。フィオ、ちゃんと考える」
「よし、いい子だ。それじゃ、おまえもお祈りしとけ」
「うん。狼さん、ごめんなさい」
フィオはカインの真似をして、墓の前で手を合わせて目をつむる。
どうやら言いたいことは伝わったらしい。
ほっと胸を撫で下ろしつつ、カインは胸中でぼやく。
(しっかし、マジでありゃとんでもねえ威力だったな……きちんと育てれば俺様を越えるぞ、ありゃ)
空中でハラハラと動向を見守っていたものの、フィオが実際に魔法を使って、さらに肝を冷やす羽目になってしまった。
才能があることは分かっていたが、よもやあれほどのものとは思わなかった。
(魔王の娘か……あながちデタラメでもねえのかもな)
とはいえ、その件はひとまず置いておこう。
祈りを捧げ続けるフィオの頭をそっと撫で、カインは後ろを振り返る。
「悪いな、トーカに町長さんたち。付き合わせちまってよ」
「いえいえ。この程度のことならお安いご用です」
トーカはにこにこと笑う。他の面々もすこし面食らいつつも軽く会釈してみせる。
あの新聞運びの少女は、他の者がきちんと家まで送り届けてくれたらしい。
森から帰ってきた青年団のみなカインの魔法で怪我が治っており……つまり一件落着だ。
穏やかな空気の中、トーカはにこやかにフィオへと笑いかける。
「本当に優しいパパでよかったですね、フィオちゃん」
「うん! フィオの自慢のパパだよ!」
「ふふ。それじゃあその自慢のカインさんと一緒に、またお店に来てくださいね。フィオちゃんの好みはだいたい把握できたので、好きそうな品をたくさん仕入れてお待ちしておりますから」
「全力で俺様の財産を搾り取る気だな、おまえ……」
フィオに関して財布の紐がゆるいことを完全に見抜かれたようだ。
薄ら寒い思いでトーカをジト目で見ていると――。
「やはりそうか……カイン、か」
町長がどこか思い詰めたような面持ちで、その名を口にした。
一同の中から歩み出てきて、カインの前に立つ。
「その、この度は本当にありがとうございました。町の恩人に対して、少々不躾かと存じ上げますが……つかぬことをお伺いしてもよろしいですかな?」
「……何だ?」
「あなたは……巷で噂の『クズ賢者』、カイン・デュランダルどのではございませんか?」
町長がカインのフルネームを告げた瞬間、トーカをのぞく面々の間に動揺が走る。
「く、クズ賢者って、あの……!?」
「最近王都を追放されたっていう……!」
どよめきは広がって、全員の顔に不安が浮かぶ。
町長はそんな一同に目もくれず、カインのことをまっすぐ見つめて続けた。
「新聞に、この地方に流れ着いたらしい……と書いておりましたので。外見の特徴も、見事に一致します」
「……まあ、ここで嘘をついてもすぐバレるだろうな」
カインは肩をすくめて、堂々と名乗る。
「そのとおり。俺様がカイン・デュランダルだ」
「やはり……そうでしたか」
町長は重々しくうなずいて黙り込んでしまう。
そのただならぬ気配に何かを察したのか、フィオがカインを庇うようにして前に出る。
「パパは悪い人なんかじゃないよ! フィオのこと助けてくれたし、優しくしてくれたもん……!」
「そ、そうですよ。カインさんは、みなさんが思っているような人じゃありません」
「いいんだ。フィオ、トーカ」
トーカも加勢してくれたが、カインはゆるゆるとかぶりを振るだけだ。
(トーカには分かってもらえたが……まあ、この人数の誤解を解くのは無理だろうな)
町に向かうと決めたとき、当然こんな展開も予想していた。トーカが理解を示してくれたのがイレギュラーだっただけである。
フィオの買い物もできたし、人助けも出来た。結果としては上々なものだろう。
カインは諦念とともに、町長へ言葉をかけるのだが――。
「安心してくれ、町長さん。もう二度とこの町には――」
「いいんです。わかっております、カインどの」
「へ」
そのセリフは半ばで遮られることとなった。
ぽかんとしたカインの肩に、町長はそっと手を乗せる。
そうして彼は……なぜか絵に描いたような男泣きを始めるのだ。
「幼い子供を連れての都落ち……さぞや、さぞや複雑な事情がおありと見ました……!」
「……は?」
続きはまた夜更新します。