表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/66

クズ賢者、バレる

 それからカインは森で倒した魔狼を含め、すべての遺体を町の敷地外で埋葬した。

 穴を掘って埋めたあと、あたりで摘んだ花を供え、カインは墓の前で手を合わせる。

 するとフィオが隣で不思議そうな顔をした。


「パパ、何をやってるの?」

「魔狼たちがゆっくり眠れますように、ってお祈りしてんだよ。東の方の風習らしい」


 カインを育ててくれた養父は東方の国の出身だった。彼から教わった習わしなので、正しい作法はよく知らないが……カインは昔から墓の前ではこうして祈りを捧げるのが常だった。

 そう説明すると、ますますフィオは眉を寄せてみせる。

 

「お祈りするの? 悪い狼さんたちなのに?」

「あのな、フィオ。良いも悪いもないんだ」


 しゃがみこんでフィオの顔をのぞきこみ、真新しい墓を示す。


「こいつらが馬車や人を襲ったのは、生きようとしたからだ。この辺じゃ大型の動物は滅多にいねえから、食い物に困っていたのかもしれねえ。フィオだって卵とか肉を食べるだろ? それと変わらないことなんだ」

「それじゃあ……フィオは何にも悪いことをしてない狼さんをやっつけちゃったの? フィオは悪いことをしたの?」

「言ったろ、良いも悪いもないんだって。ただ、生きるってのはこういうことなんだ」


 あのまま魔狼を放置しておけば、きっと死者が出ていたことだろう。人を襲うことを覚えた魔物と共存する道はない。だから倒した。

 生きるためには、何かの命を奪わなければいけない。

 その当たり前のことを、フィオにはきちんと理解しておいてもらいたかった。

 

「いいか、フィオ。おまえの力はたしかにすげえ。だが、その力を使うときはしっかり考えろ。むやみに命を奪うなよ、それだけは決してやっちゃいけないことなんだ」

「……わかった。フィオ、ちゃんと考える」

「よし、いい子だ。それじゃ、おまえもお祈りしとけ」

「うん。狼さん、ごめんなさい」


 フィオはカインの真似をして、墓の前で手を合わせて目をつむる。

 どうやら言いたいことは伝わったらしい。

 ほっと胸を撫で下ろしつつ、カインは胸中でぼやく。


(しっかし、マジでありゃとんでもねえ威力だったな……きちんと育てれば俺様を越えるぞ、ありゃ)


 空中でハラハラと動向を見守っていたものの、フィオが実際に魔法を使って、さらに肝を冷やす羽目になってしまった。

 才能があることは分かっていたが、よもやあれほどのものとは思わなかった。


(魔王の娘か……あながちデタラメでもねえのかもな)


 とはいえ、その件はひとまず置いておこう。

 祈りを捧げ続けるフィオの頭をそっと撫で、カインは後ろを振り返る。


「悪いな、トーカに町長さんたち。付き合わせちまってよ」

「いえいえ。この程度のことならお安いご用です」


 トーカはにこにこと笑う。他の面々もすこし面食らいつつも軽く会釈してみせる。

 あの新聞運びの少女は、他の者がきちんと家まで送り届けてくれたらしい。

 森から帰ってきた青年団のみなカインの魔法で怪我が治っており……つまり一件落着だ。


 穏やかな空気の中、トーカはにこやかにフィオへと笑いかける。


「本当に優しいパパでよかったですね、フィオちゃん」

「うん! フィオの自慢のパパだよ!」

「ふふ。それじゃあその自慢のカインさんと一緒に、またお店に来てくださいね。フィオちゃんの好みはだいたい把握できたので、好きそうな品をたくさん仕入れてお待ちしておりますから」

「全力で俺様の財産を搾り取る気だな、おまえ……」


 フィオに関して財布の紐がゆるいことを完全に見抜かれたようだ。

 薄ら寒い思いでトーカをジト目で見ていると――。


「やはりそうか……カイン、か」


 町長がどこか思い詰めたような面持ちで、その名を口にした。

 一同の中から歩み出てきて、カインの前に立つ。


「その、この度は本当にありがとうございました。町の恩人に対して、少々不躾かと存じ上げますが……つかぬことをお伺いしてもよろしいですかな?」

「……何だ?」

「あなたは……巷で噂の『クズ賢者』、カイン・デュランダルどのではございませんか?」


 町長がカインのフルネームを告げた瞬間、トーカをのぞく面々の間に動揺が走る。


「く、クズ賢者って、あの……!?」

「最近王都を追放されたっていう……!」


 どよめきは広がって、全員の顔に不安が浮かぶ。

 町長はそんな一同に目もくれず、カインのことをまっすぐ見つめて続けた。


「新聞に、この地方に流れ着いたらしい……と書いておりましたので。外見の特徴も、見事に一致します」

「……まあ、ここで嘘をついてもすぐバレるだろうな」


 カインは肩をすくめて、堂々と名乗る。

 

「そのとおり。俺様がカイン・デュランダルだ」

「やはり……そうでしたか」


 町長は重々しくうなずいて黙り込んでしまう。

 そのただならぬ気配に何かを察したのか、フィオがカインを庇うようにして前に出る。


「パパは悪い人なんかじゃないよ! フィオのこと助けてくれたし、優しくしてくれたもん……!」

「そ、そうですよ。カインさんは、みなさんが思っているような人じゃありません」

「いいんだ。フィオ、トーカ」


 トーカも加勢してくれたが、カインはゆるゆるとかぶりを振るだけだ。


(トーカには分かってもらえたが……まあ、この人数の誤解を解くのは無理だろうな)


 町に向かうと決めたとき、当然こんな展開も予想していた。トーカが理解を示してくれたのがイレギュラーだっただけである。

 フィオの買い物もできたし、人助けも出来た。結果としては上々なものだろう。

 カインは諦念とともに、町長へ言葉をかけるのだが――。


「安心してくれ、町長さん。もう二度とこの町には――」

「いいんです。わかっております、カインどの」

「へ」


 そのセリフは半ばで遮られることとなった。

 ぽかんとしたカインの肩に、町長はそっと手を乗せる。

 そうして彼は……なぜか絵に描いたような男泣きを始めるのだ。


「幼い子供を連れての都落ち……さぞや、さぞや複雑な事情がおありと見ました……!」

「……は?」

続きはまた夜更新します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 変な誤解が進みそう... まあいい人と思ってくれたっぽいからいいか。
[良い点] いいね! 更新が楽しみです!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ