クズ賢者、娘を叱って褒める
その瞬間、見守っていた大人たちは全員大きく息を呑んだ。
それは背中で庇われていた少女も同様で……やがて稲光は消え去って、一面焼け焦げた草むらの中で、完全に息絶えた魔狼が転がっている。
しんと静まりかえったその場所に、カインは飛行魔法を解除して降り立った。
「フィオ」
「あ、パパ!」
フィオはぱあっと顔を輝かせてカインのもとに駆け寄ってくる。
「ねえねえ、パパ聞いて! フィオね、魔法が使えたの! それで狼さんをやっつけたんだから!」
「ああ、見てたよ」
カインはゆっくりとうなずく。
討ち漏らした魔狼を追いかけて来た結果、その一匹と対峙するフィオを見つけた。女の子を助けようとしているのだとすぐにわかって……ひとまずいつでも手が出せるよう見守っていたのだ。
そう説明すると、フィオは満面の笑みで胸を張る。
「ふふん、フィオえらい? いい子?」
「そうだなあ……」
カインはゆっくりとその場にしゃがみ込む。フィオの顔を覗き込んで――にっこりと笑った。
「バカ野郎」
「きゃうんっ!?」
カインはフィオの頭に、ぽこんとゲンコツを落としてやった。力加減しまくったので痛くはないはずだ。
それでも叱られたことが分かったのか、フィオは目を白黒させて両手で頭を押さえる。
「な、なんで……?」
「言ったよな。危ないから店で待ってろ、って」
「うっ……」
カインが真剣な顔で告げると、フィオは気まずそうに黙り込む。言いつけを破った自覚はあるらしい。
しょんぼり肩を落とした彼女に、カインは続ける。
「人助けは確かに大事なことだ。でもな、フィオ。無茶だけはダメだ。おまえに何かあったら……俺様は悔やんでも悔やみきれねえ」
「パパ……」
フィオは目の端に涙を浮かべて、小さくなって頭を下げた。
「危ないことして、ごめんなさい……」
「よし、その件に関しちゃこれで終わりだ」
カインはフィオの頭を撫で回し、ニヤリと笑う。
「いいことしたな、フィオ。偉いぞ」
「う、うん……! あっ!」
そこでフィオは思い出したとばかりにハッとして、後ろで座り込んだままの女の子へと駆け寄っていく。
いつもカインの家に新聞などを届けてくれる子だ。仕事の帰りに魔狼に出くわしてしまったらしい。
目を丸くしたままの彼女に、フィオは手を差し伸べる。
「大丈夫? 怪我はない?」
「う……うん」
「よかったあ。でももう大丈夫だよ。他の狼さんたちも、フィオのパパがやっつけてくれたはずだから! ね、パパ!」
「ああ。今ので全部終わりだな」
軽くまたサーチの魔法を使ってあたりを探索するも、魔狼の気配はひとつもない。他の魔物もいる様子はないし……ひとまずこれで安心だろう。
そんな話をしていると、門の方から心配そうな顔をしたトーカがぱたぱたと駆け寄ってくる。
「まさか、もう終わったんですか? こんな短時間で……」
「あれくらいどうってことねえさ。青年団とやらも全員無事だ。じきに戻ってくると思うぜ」
「ふふ、さすがはカインさんですね。フィオちゃんも小さいのに偉いです。さっきの、すっごくカッコ良かったですよ」
「えへへ、フィオすごいでしょ!」
トーカに褒められて、フィオはますますご満悦だ。女の子にも怪我はなさそうだし、一安心である。
そんな話をしていると、その他の大人たちもおずおずと近付いてくる。
「あなたがトーカちゃんと町長が言っていた助っ人か!」
「どこの誰かは知らないがありがとう! これで町も一安心だ!」
「これは是非ともお礼をしなきゃいけませんね、町長」
「う、うむ……そのつもりだが……」
「町長? どうかされましたか?」
人々は明るい顔だが、ただひとり町長だけはどこか歯切れ悪くうなずくだけだった。
それにカインは鷹揚に肩をすくめてみせる。
「礼なんざいらねえよ。まあ、でもそうだな……」
すこし考え込んでから、一同を見回しカインは続けた。
「ちょうど人手もあることだし、ちょっとばかり手伝っちゃくれねえか。すぐ済む。礼はそれでいいや」
「かまいませんが……何をでしょう?」
「決まってるだろ」
そうやって顎で示すのは、フィオが魔法で倒したばかりの魔狼で――。
「こいつらをきちんと埋葬してやらなきゃな。さすがに野晒しのままじゃ可哀想だろ」
本日は夕方と夜に一回ずつ更新予定です。
応援いただけるのでしたらブクマや評価でご支援ください。励みになります。