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クズ賢者は苦悩する

 王都から遠く離れたエミール地方。

 その山奥に、古びた屋敷が建っていた。


 そこそこ大きな屋敷で、庭の木々もよく手入れがなされている。春先の陽気と小鳥のさえずりが屋敷を囲み、日差しを受けて窓ガラスもキラキラと輝く。


 そんな屋敷の前に、大きなカバンを背負った人影が歩いてくる。十歳くらいの、人間の少女だ。

 

「うんしょっ、と……は、はやくしないと……!」


 少女は玄関前でカバンを下ろし、中身をごそごそとあさる。

 取り出すのは新聞や手紙、小包など……ありふれたものばかりだが、少女の面持ちはひどくこわばっていた。この場所から一刻も早く立ち去りたい。そんな痛々しいまでの願いが全身に現れる。


 しかし、そんな折だった。

 彼女の目の前で、無情にも屋敷の扉がゆっくりと開かれた。


「ああ……? またおまえか」

「ひっ……!」


 中から顔を出したのは、ひどく人相の悪い青年だった。

 その鋭い双眸に見つめられて、少女は息を止めてしまう。

 しかし青年はそんな少女の変化など気にも留めない。大きな傷が刻まれた顔に、ニタリと冷笑を浮かべてみせる。

 そうして懐に右手を忍ばせるのだが――。


「毎日毎日、麓の町からご苦労様じゃねえか。どれ、今日は褒美に――」

「きゃああああああああ!」


 そこで少女は弾かれたように叫んだ。

 ボロボロ涙を流し、カバンを掴み、脱兎のごとくその場から逃げ出していく。

 

「助けて! こ、殺さないでえええ!」

「お、おい!?」


 青年の制止の声にもかまわず、少女は命乞いをしながら木立の向こうに消えてしまう。

 あとには投げ出された新聞や荷物、そして無様に立ち尽くす青年だけが残された。

 彼はしばしぽかんとして……やがて片手で顔を覆い、肩を震わせる。

 

「くっ、くくく……ははははは!」


 その足下に広がる新聞には、大きな見出しでこう書かれていた。


 【クズ賢者カイン、国家反逆を企てる!】

 【クズ賢者による悪行の数々が明らかに!】

 【クズ賢者、王都追放後の足取りはいずこへ!?】


 などなど――。


「どうしてこうなったァ!?」


 少女に渡そうとしたお手製クッキーの包みを持ったまま……クズ賢者ことカインは、頭を抱えて絶叫したという。




 この屋敷は、かつて王都の金持ちが別荘用に建てたものらしい。

 築年数はけっこうなものだが、大切に保存されていたようで傷みはほとんどない。


 広々としたリビングは適度に整理整頓がなされており、大きな窓からは爽やかな朝日が差し込む。テーブルに置かれた花瓶には一輪の花が生けられていた。丁寧な暮らしぶりが一目でわかる。


 だがしかし、その屋敷の今の主――カインの顔色は葬式の参列者なみに暗かった。

 テーブルに肘をつき、頭を抱えてもう一度、先ほどの疑問を口にする。


「なあ……ほんとに、どうしてこうなったんだ……?」

『どうしてって……完っっ全に自業自得ですわ』

 

 それにつれない相槌を返すのは、カインの目の前に立てられた一枚の鏡だった。

 中に映っているのはカインではなく、桃色の髪をした女性である。


 顔立ちはかなり整っており、白い素肌にはくすみひとつない。大胆に開いた胸元からは深い谷間がのぞいていて、傾国の美女と呼ぶに相応しい。

 それもそのはず。彼女は夢魔族、いわゆるサキュバスだ。


 その名もクーデリア・ベルンシュタイン。カインの数少ない理解者だった。


 魔法の鏡の向こうで、クーデリアはため息まじりに言う。

 

『公衆の面前で将軍を殴り飛ばし、その場で要求したのが国と金と姫君の身柄……完全に蛮族のやることですわ。追放で済んだだけマシだと思ってくださいませんと』

「だーかーらー……それは誤解だっつってんだろ!」


 カインはテーブルをばんっと叩く。

 一ヶ月ほど前のあのパーティでの一件で、カインは勲章を剥奪されただけでなく、王都から追放されてこんな辺境の山奥で暮らすはめになってしまったのだ。


 だがしかし、それは完全なる誤解だった。

 魔王を倒したカインが、本当に求めたものは――。

 

「あのとき俺様が欲しいって言ったのは……『この国の平和』と『魔王のせいで親を失った子供たちを支援できるだけのまとまった金』、あと魔王被害者救済に尽力なされた『リリア姫のお休み期間』だっつーの!!」

『残念ながらそれを正しく聞き取れた者は、あの場にほとんどいらっしゃいませんでしたよ……』

 

 クーデリアは額を抑えてかぶりを振る。

 しかしそうかと思えばキッとカインを睨みつけるのだ。

 

『だからわたくし、いつもいつも口を酸っぱくして申し上げましたよね!? カイン様は誤解されやすいお方なのですから、言動には注意なさってくださいって! わたくしが席を外した十分あまりで、どうして魔王を倒した英雄が逆賊扱いされるんですこと!?』

「それはこっちが聞きてえよ……」


 カインはげんなりと肩を落とす。

 彼女の言う通り、カインは悪い方向に誤解されることが多い男だった。

 

 引ったくりを捕まえてボコボコにすれば暴行犯としてしょっぴかれ、重い荷物を抱えた老人に手を貸そうとすると物取りに間違えられる。

 

 泣いた子供をなだめようと駆け寄れば、失神されたり、人攫いに間違えられたり、通報されたり……とにかく人相の悪さと言動の粗暴さが最悪の形でマッチして、常に誤解に晒されて生きてきた。

 

 今回もあれよあれよという間に牢屋にぶち込まれ、王様から直々に「さすがのワシも庇いきれん……」と追放処分の命を受けたのだ。

 それから一ヶ月、今もその命令が解かれる気配はない。

 理不尽どころの話ではないし……もっと理不尽なことが他にもあった。


「だいたいあのクソ将軍を殴ったのだって、あの野郎がガキの奴隷を買わねえかって俺様に持ちかけてきやがったからだぞ!? あんなのぶん殴る以外に選択肢ねえだろうがよォ!?」

本日はあと一回更新予定です。


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[気になる点] たまにいますよね...すごくいい人なのに勘違いされやすい人って...僕じゃないですけど...知り合いに当てはまる人がいるので...
[一言] すごく…良い人だ!
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