クズ賢者、魔狼相手に無双する
店外に飛び出してすぐ、カインは魔法を展開する。
「《サーチ!》」
その瞬間、カインの脳裏にこのあたりの詳細な地図が浮かび上がる。
先日、フィオの首輪に使ったのと同じ探知魔法だ。
物にかけられた魔法を判別することも、一定範囲内を探索することもできる。
そしてその探索範囲は術者の力量に比例し、並の魔法使いなら百メートル程度が限度だが――。
(見つけた! ここから三キロ先だ!)
緑に囲まれた森の奥。そこで数名の人間が固まっていた。
そしてそんな彼らを、複数体の魔物が取り囲んでいて……もはや一刻の猶予もなさそうだった。
「《フライ》!」
次に使うのは飛翔魔法。一瞬にしてカインの体は町を見下ろす高所まで浮き上がり、そのまま目指す方角へとまっすぐ空を駆け抜けた。
眼下の景色はあっという間に後方へと流れ去り、森の真上までたどり着く。
すると風を切る音に混じって、いくつもの悲鳴が聞こえてきて――。
「《フレア……はダメだな」
火炎魔法をぶちかまそうとして、寸前で思いとどまる。
カインは地表へ向けて滑空しながら、かわりの呪文を唱えた。そして――。
「させるか!」
「ギャウッ!?」
若者のひとりに飛びかかろうとしていた魔狼を、容赦なく蹴り飛ばした。
狼は十メートル以上も吹っ飛んで、樹の幹に叩きつけられてピクリとも動かなくなる。
それを見て、居並ぶ若者達は目を丸くした。
「あ、あんたいったい……」
「通りすがりのお節介野郎だ!」
カインは手短な自己紹介をしながら周囲を見回す。
彼らが町の青年団とやらだろう。それぞれ申し訳程度の武器をかまえてはいるものの、全員へっぴり腰だし、怪我を負っている者もいる。
そして周囲には、魔狼の姿が何体も確認できた。
一般的な狼と比べると大きさは二回りほども違う。
突然現れたカインに仲間がやられ、戸惑っているようだ。
その一瞬の隙をカインは見逃さなかった。
「てめえらは……これでもくらえ!」
「ゥギャウ!?」
「ガァウッ!?」
その辺りの石をいくつも拾って素早く投擲。
投げた石は魔狼たちの体を貫き、一瞬にしてその命を奪った。
用いたのは、身体能力を強化する《ストレングス》という魔法だ。今のカインなら素手で岩を砕くことすら可能である。
魔狼たちは短い悲鳴を上げて、すべて残らず血だまりの中に倒れ伏す。
そうして改めてあたりをうかがえば、張り詰めた空気は消えていた。
カインは手についた土埃を軽く払う。
「よし、これでこの辺りは片付いたな」
「す、すげえ……!」
「あれだけの数を、一瞬で……」
青年団らは目を丸くしてうろたえる。
助かった安堵感よりも、驚愕の方が勝ったらしい。
しかしそんな中で、おずおずと頭を下げる者がいた。先ほど魔狼に襲われそうになっていた若者だ。
「どこの誰だか知りませんが、助かりました。本当にありがとうございます!」
「なに、これくらい何でもねえよ。手遅れになる前でよかったぜ。町長さんに言われて飛んできたんだ」
「でも……魔法が使えるなら、どうして炎の魔法を撃たなかったんです? 獣を追い払うには炎が一番でしょうに……」
「ああん……? てめぇ、俺様をバカにしてんのか」
「ひっ……い、いえ、そんなつもりは……」
青年は青い顔で後ずさる。他の面々も震え上がるが……カインはおかまいなしだった。
目を吊り上げて、あたりを見回し一喝する。
「いいか、よーく覚えとけ! こんな場所で火なんざ厳禁だ!」
周囲には多くの木々が並んでおり、膝丈まで伸びた草花も風に揺れている。
こんな場所で火を使えばどうなるか――。
「火事になったら危ねえし……何より草木が可哀想だろうが!!」
「…………えっ?」
「こいつらは長い冬を耐えて、ようやくつぼみを付けられたんだぞ! そんなときに一部でも燃えちまったら可哀想だし、虫や小動物だって迷惑するし……炎は絶対にダメだ! わかったな!」
なぜかぽかんと言葉を失う面々に、カインはぴしゃっと言い放った。
そこでふと、かすかな物音を耳が拾う。
念のためにもう一度探索魔法を使い……カインは顔をしかめるはめになった。
「ちっ、マズいな。町の方に一匹逃げやがったか」
「なっ……! は、早く知らせないと……!」
「もちろん俺様がすぐ行く! その前に……《ハイ・ヒーリング》!」
「うわっ」
カインが指を鳴らせば、若者らの体を淡い光が包み込む。
あっという間に彼らの怪我は跡形もなく消え去って、顔色もずいぶんよくなった。
「よし! それでだいたい治ったと思うが、めまいがする場合は無理して動くんじゃねえぞ! ちょっと休んで水分取れ水分! それでもまだ違和感を覚えたら、あとで俺が診て――」
そんな諸注意を大声で延々と叫びながら、カインは町の方へと飛んでいった。
青年らは彼の後ろ姿を呆然としたまま見送った。
やがて誰からともなく顔を見合わせ、ぽつぽつと言葉を交わす。
「なあ、あの人さ……」
「ああ……めちゃくちゃいい人だったな……」
「人は見た目だけじゃわからないもんだな……」
「魔狼よりおっかない顔してるのにな……」
本日もまた夕方ごろ更新します。
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