突然の事件
トーカの話では、最初の被害は一週間ほど前のこと。
行商人の馬車が襲われて、商人が怪我を負った。幸い彼は商品の塩漬け肉を投げつけて、命からがらこの町へと逃げ込むことができたようだが……それで魔狼たちは味を占めてしまったらしい。
以降、街道近くの森をねぐらにして、馬車を襲うようになったという。
それを聞いて、フィオが青い顔で震え上がった。
「お、狼さんがいるの!? フィオ、食べられちゃう……!?」
「いや、大丈夫だ。森は俺たちの家から、町を挟んだ反対側だからな。そうそう狼どもも家のあたりまで来ねえだろうよ」
「ほんとに……? よかったあ」
とはいえ、時間が経つにつれて魔狼たちの縄張りが変わる可能性は十分ある。
そこはひとまずフィオには黙っておいて、トーカに話を続けてもらう。
「この町は港があるので、物資の流れが完全にストップすることはないんです。でもやっぱり陸路が使えないのは不便ですし、町の青年団で追い払おうって話になりまして」
「つまりこいつは、魔狼退治のための備えってことか」
「その通りです。いかがでしょうか、群れはざっと二十頭くらいらしいんですけど……足りますかね?」
「そうだなあ……」
カインは顎を撫でてうなる。
足りるか、足りないか……ことはそう、簡単な話ではなかった。
「とりあえず、火の初級魔法……《フレア》の魔石はダメだな」
「えっ、どうしてですか? 獣を撃退するのには炎がセオリーでは」
「そうかもしれねえが……そもそもこの話は前提から無謀すぎるんだ」
カインはかぶりを振って言う。
「最近魔物の被害が出るようになったっつーことは……この辺りの人間は、魔物の対処に慣れちゃいねえな?」
「そうですね。魔法を使える方も少ないみたいです」
「なら、素人は最初から手出ししない方がいい。かえって被害を増やすだけだ」
魔狼は魔物の一種ではあるものの、さほど手強い相手ではない。
ゴブリンと並んで、冒険者の小遣い稼ぎとして知られている。
だがしかし、それはある一定以上の経験を積んだ者が挑む場合の話だ。
並の一般市民がいくら束になったとしても、芳しい成果は得られないだろう。
「冒険者ギルドに依頼を出せばいいんじゃねえのか? この町にだってギルドくらいあるんだろ」
「それが、今の時期は閑古鳥が鳴いているんです。近くのダンジョン、もう少し暖かくならないと入れないので」
「ああ、そういやそうだったか……」
この地方ではとあるダンジョンが有名だが、秋の頭から春の終わり頃まで、入り口が氷で閉ざされてしまうらしい。
だから一年のうち、この町を訪れる冒険者は限られてくる。
そうした理由もまた、カインがここに住むことを決めた一因でもあった。世界中を飛び回る冒険者の中にはカインの顔を知る者も多く、居場所がバレる可能性が大きかったためだ。
「となると、やっぱり――」
そこでカインが言葉を続けようとした、そのときだ。
「トーカちゃんはいるか!?」
「ひゃっ」
突然、初老の男が店へと駆け込んできた。
大声にびっくりしてフィオがカインの足にしがみつく。
ただならぬ空気の中、トーカが息を切らせた男性へと声をかけた。
「どうしたんですか、町長さん。そんなに慌てて」
「大変なんだ! また魔狼どもが出て……町の若い奴らが追いかけて、森へ入ってしまったんだよ!」
「げっ……!?」
カインはそれを聞いてうめくしかない。
獣にとって、自然は絶好の狩り場だ。魔法もまともに使えない一般市民がわざわざそんな場所に行くなんて、自殺行為という他ないだろう。
「そりゃマズい。早く助けに行った方がいいだろうな」
「だからトーカちゃんに頼んでいた物資を取りに……って、あ、あんたはいったい……?」
そこで町長は初めてカインの存在に気付いたらしい。
顔に大きな傷を持ち、少女を連れた男を前にして、完全に不審者を見る目だ。
だがしかし、そこでトーカがにっこりと笑って告げる。
「こちらはカインさんと言って、信頼できるお方です。それにすっごくお強いんですよ」
「トーカちゃんがそう言うのか……うむ」
町長はすこしの逡巡ののち、カインにおずおずと尋ねる。
「つかぬことをお伺いしますが、冒険者の方でしょうか……?」
「そんなところだな。人並み以上には戦えるぜ」
「それはいい……! どうか手を貸してはいただけないでしょうか!」
「もちろん! 元からそう申し出るつもりだったしな」
魔物退治など人助けの最たるものだ。ここで頼まれなくても、カインは勝手に手を出していたことだろう。
そう告げると町長はパッと顔を輝かせた。
「ありがたい……! トーカちゃんは私と一緒に門まで来てくれ! 怪我人にポーションを与えてやってほしいんだ!」
「わ、わかりました!」
トーカは木箱からポーションを拾い上げ、手近なカバンに詰めていく。
「それじゃ、フィオはここで――」
「フィオも行く!」
「へ」
予想だにしなかった宣言に、カインは目を丸くする。
しかしフィオは真剣そのものだ。カインのことをまっすぐに見つめて、胸の前でぐっと拳をにぎってみせる。
「パパ、人助けに行くんでしょ! だったらフィオもお手伝いする! さっき約束したもん!」
「フィオ……」
フィオの顔は青白く、にぎりしめた拳も小刻みに震えていた。魔物が怖いのに、勇気を振り絞ってくれたのだ。
そのことがカインの胸を熱くした。そっと頭を撫でて、満面の笑みを向ける。
「ありがとう、フィオ。その気持ちだけで十分だ。危ねえから、フィオはここで待っててくれ」
「で、でもパパ……フィオは……」
「いい子にしてろよ、フィオ! 行ってくる!」
「お願いします、カインさん!」
「待ってパパ!」
フィオが呼び止めるのを振り切って、カインは店を飛び出した。
続きは明日更新。
明日も朝、夕更新します。明後日は本章ラストなので三回更新。さめはアホです。
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