クズ賢者、買い物中に不穏な話を聞く
それからカインとフィオは、雑貨店でこれでもかというほどの買い物をした。
会計カウンターには子供用の服やら日用品やら食器やら、さまざまなものが山のように積まれている。
「よし、これで最低限は揃ったな。しかし悪ぃな、店長さん。手間取らせちまって」
「そんな、いいんですよ」
エプロンの女性はおっとりと笑う。
てっきり店員かと思ったが、ここのオーナーだったらしい。しかもこの若さでひとりで店を切り盛りしているというのだから驚きだった。
彼女はにっこり微笑んで、カインの手をそっとにぎる。
「どうかトーカとお呼びください。トーカ・トラトロクです」
「はあ……知ってるだろうがカインだ。よろしく」
「ええ、もちろんです。どうか今後ともご贔屓に。欲しいものがあったら世界中から取り寄せますから、遠慮なくおっしゃってくださいね」
「ああ、うん……ありがとうな」
丁寧な挨拶に、カインはおずおずと返すしかない。
怯えられないのは嬉しいが、彼女の目は完全に捕食者のそれだった。金に糸目をつけない買い物っぷりを非常に気に入ってもらえたらしい。
「まあとりあえず……フィオ。ほかに欲しいものがないか探してこい」
「な、なんでもいいの?」
「ああ。ピンときたもの何でも全部だ」
「……でも」
フィオはカウンターに積み上げられた商品の山を見て、申し訳なさそうに小さくなってしまう。
「もういっぱい買ってもらったし……お金、大丈夫……?」
「バカ言え。子供が金の心配なんざするんじゃねえよ」
その頭をカインはわしゃわしゃと撫で回した。
フィオの前にしゃがみこみ、顔を覗き込んで笑う。
「いいか、これはただの買い物じゃねえんだ。あの家には今、フィオのものが全然ないだろ?」
「う、うん」
「そんなんじゃ全然ダメだ。家にはな、自分だけの宝物をたくさん詰め込まなきゃいけないっつー決まりがあるんだぞ。あの家はもう俺様だけの家じゃない。フィオの家でもあるんだ」
「フィオの、おうち……?」
「ああ、そうだ」
いつまでそばにいてやれるかは分からない。
それでもあの家は、今は間違いなくフィオの家だ。
「だから、あの家をフィオの宝物でいっぱいにしなきゃいけない。好きなものいっぱい詰め込んで、ずーっといられて、帰るのが楽しみになるような……そんな家にするんだ。できるか?」
「う、うん。それじゃ、あのね……」
フィオはきょろきょろと辺りの棚を見回して、遠慮がちに指を指す。
「あそこの、猫ちゃんのぬいぐるみも……いい?」
「もちろんだ! 好きなだけ持ってこい!」
「うん!」
フィオはぱっと駆けだして、ぬいぐるみのコーナーに向かっていった。そのまま真剣な顔で、どれを迎え入れるか悩み始める。
そんなフィオとカインを見て、トーカはおっとりと笑う。
「ふふ、カインさんったら本当にいいパパさんなんですね。噂じゃ『クズ賢者』はとんでもない悪人だって聞いていましたけど、びっくりですよ」
「噂ねえ……ちなみに、どんな噂が流れてるんだ?」
「えーっと、私が聞いたのでしたら、魔王を倒せるくらいとっても強くて……」
トーカは指を折りながら、カインの悪評を並べていく。
「夜な夜な子供をさらって食べているとか、世界中から女の人を連れ去ってハーレムを作っているとか、あちこちの村々に生け贄を要求しているとか……そんな噂がありましたね」
「それもうクズとかそんなレベルじゃねえだろ!? 完全にバケモンの一種だよ!」
そのうちカインが魔王と呼ばれる日も近いかもしれない。
がっくりと肩を落とす彼のことを、トーカはにこにこと励ます。
「大丈夫ですよ、私はちゃーんとカインさんがいい人だって分かってますからね」
「ああうん、ちょっと釈然としねえけど……ありがとな」
カインはそれに苦笑を返す。
ほぼほぼ孤立無援のこの状況で、理解者はひとりでも多い方がいいだろう。そういう意味では、彼女が変わり者で助かったかもしれない。
(残りの持ち金、全部搾り取られそうだけどな……そのうちまた何かバイトでもして金を稼ぐとするか)
カインを雇ってくれるような物好きがいるかは分からないが、可愛いフィオのためだ。
公序良俗に反しない限り、どんな仕事でもやろうと決めた。
そんな決意を固めていると、トーカがハッとして手を叩く。
「あ、そうだ。カインさんってクズ賢者って呼ばれるくらいですし、魔法がお得意なんですよね? ひょっとして魔物についてもお詳しかったりします?」
「まあ、それなりにな」
「それじゃ、ちょっと見ていただきたいものがあるんですけど……少々お待ちくださいね」
そう言ってトーカは店の奥へと引っ込んで、すぐに木箱を三つ抱えて戻ってくる。
床に下ろすとずしーんと音がして、いかにも重そうだ。
「お、おお……けっこう力持ちなんだな、トーカ」
「そんなことないですよ。全部で金貨十枚ほどのお値段ですし軽いものです」
「値段と重さは関係ねえんだよなあ……」
やっぱり奇人変人の類いだった。
ともかくトーカに箱を開けてもらって、中を確かめてみる。
中には数々のポーションと、水晶のようなものがいくつも収められていた。無色透明なクリスタルで、その中には紅蓮色の光が宿って炎のような揺らめきを見せる。
横からフィオものぞき込み、感嘆の声を上げた。
「わー、キラキラしてる。綺麗だねえ」
「魔石は初めて見るか?」
「ませき?」
「ああ。魔法を封じ込める特別な石だ」
この石を割るだけで、中の魔法が発動する。
世界中で広く使われているアイテムだ。
修行も呪文詠唱も必要とせず、おまけに石自体は世界中で採れるということもあり、これを作ることで生計を立てる魔法使いも数多くいる。
強い魔法が込められた魔石ともなればバカみたいに高くなるが、ちょっとした初級魔法くらいのものなら子供の小遣いでも買えてしまう。
「それでこいつは……《フレア》の魔石か。ずいぶんな数があるようだが、戦争でもするっつーのかよ」
「当たらずしも遠からずですね」
トーカは頬に手を当てて、ため息をこぼす。
「実は近頃、このあたりでは魔物……魔狼による被害が多発しているんです」
「あァ……? この地方はそういう事件が少ないって聞いたが」
「ええ、それがここ最近物騒になってしまって」
本日もまた夕方に更新します。
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