クズ賢者、なぜか誤解が解ける
そんなこんなで、カインはフィオを抱っこして高い高いしながらきゃっきゃとはしゃぎながら大通りを進んだ。
やがて目的の店が見えてきて、足を止める。
「おっ、トラトロク商店……ここだな」
「さっきのお姉さんが教えてくれたとこ?」
「そうだぞー。ここでフィオの買い物をするんだ」
先ほど荷物持ちを手伝った妊婦さんから教わった雑貨店だ。
この町一番の品揃えを誇り、値段も良心的。子供服なども取りそろえているらしく、今のカインにうってつけである。
意を決して、カインは店の扉を開いた。
カランカランと心地よいベルの音が鳴る。
広い店内は明るく、棚にはさまざまな商品が整理整頓されて並べられていた。フィオは興味深そうにあたりをきょろきょろ見回す。
「なんだか色々、いっぱいあるねえ……」
「だな。ここなら大抵の物は手に入りそうじゃねえか」
ふたりしてあちこち見ていると、店の奥からバタバタとした足音が響いた。
「あわわ、すみませんお客様ー! 少々お待ち下さいませ!」
どうやら奥で作業をしていたらしい。
少し待てば慌てたようにしてエプロン姿の女性が現れる。
見た目は二十代前半。
茶色の髪を肩のあたりまで伸ばした、笑顔が似合う人の良さそうな若い女性だ。どうやここの店員らしい。
彼女はカインに、ニコニコと営業スマイルを向けてくるのだが――。
「お待たせしましたー。いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件……で」
「ああ、この子の身の回りの品を……うん?」
店員はカインを見つめたまま、あんぐり口を開いて固まっている。
やがて彼女は青い顔で人差し指を突き付けて、こう言い放った。
「クズ賢者……カイン・デュランダル!?」
「っ……!?」
カインは言葉を失うしかない。ごくりと喉を鳴らして、静かに問う。
「俺様の顔を、知ってるのか……」
「は、はい……私、この前まで王都に仕入れに行っていて……それで……」
「……そうか」
「パパ……?」
カインはかぶりを振って、フィオを床に下ろす。
店員の怯えようは本物だ。下手に弁明しても無駄だろうし、かえって誤解を招く可能性もある。
そうなれば、カインが取るべき手段はひとつしかない。
「悪い。俺様はしばらく外にいる。そのかわり……」
懐から革袋を取り出して、手近なカウンターに置く。そっと中を開いて見せれば、店員はすこし目を丸くした。
「この金を置いていく。だから……この子が必要そうなものを、代わりに見繕ってやってくれねえか」
「えっ……」
それにフィオはかすれた声を上げた。カインのローブをつかんで、今にも泣き出しそうな顔で見上げてくる。
「パパ、どこか行っちゃうの……フィオを置いてくの……?」
「大丈夫。またすぐに迎えに来るからな」
その頭をそっと撫でて、カインは店を後にしようとするのだが――。
「待ってください!」
「へ」
突然店員が大声で叫んで、カインの腕をつかんだ。
目を瞬かせる彼に、店員はふんわりと微笑んでみせる。そこにはもう、怯えの色は一切浮かんでおらず――。
「噂はしょせん噂でしたね。あなたは悪い人じゃなさそうです」
「なっ……!?」
それに、カインは名前を呼ばれた時以上の衝撃を受けた。
「ど、どうしてそう思うんだ……?」
「ふふ、見ればわかりますよ」
「嘘だろ……!?」
これまで生きてきた中で、カインは見た目で誤解されてばかりだった。
それなのに彼女が嘘を言っているようには見えず……カインは感動に打ち震える。
(ま、まさか本当に……分かってくれる人がいるなんて……!)
しかしそんな感激は一瞬で消え去った。
店員がカウンターに置かれた革袋を手に取って、うっとりと口を開いたのだ。
「そう、お金を見れば……全部わかりますから」
「……うん?」
「私、お金が大好きなんです。でも、悪いことをして稼いだお金は大嫌いでして」
戸惑うカインにはかまわず、彼女は恍惚とした表情で革袋に詰まった金貨を撫でる。まるで赤子をあやす聖母のような手つきだ。
「だからいつの間にか……お金を見れば、それがどんなふうにしてその人の手元に来たか、わかるようになったんです。このお金は間違いなく、人助けをして稼いだものです。そうですね?」
「た、たしかにそうだが…………えっ、怖っ!?」
現在のカインの所持金は、そのほとんどが魔王を倒した報奨金だったり、人里を荒らす魔物を退治した謝礼金だったりと……たしかに人助けで稼いだものだ。
(つまり俺の見た目じゃなくて……金貨を見て判断したってことか!? なんだその奇っ怪な特技は!?)
濡れ衣は晴れたようだが、あまりにも釈然としなかった。
先ほどとは違った意味で言葉を失うカインだが、そんな中、フィオは店員の顔を見上げて小首をかしげてみせる。
「お姉さんは、パパのこと怖くないの……?」
「もちろんですよ。だってカインさんったら、とってもいい人そうじゃないですか」
店員は頰に手を当てて、おっとりと笑う。
「そう……具体的には、羽振りとかお金払いとか懐具合とかがいい人そうで……」
「あんたほんとに金しか見てねえんだな……!?」
ここまで来ると、いっそもう清々しかった。
ともあれ、こうしてカインにはこの町で初めての理解者ができたのだった。
続きはまた明日朝と夕方更新します。
本章中は一日二回更新、次章からは一日一回更新でやっていきます。お楽しみいただければ幸いです。
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