彼が人を助ける理由
それから約一時間後。
カインは晴れ晴れとした顔で、フィオの手を引いて大通りを歩いていた。
「いやあ、いいことしたなあ」
身重の妊婦さんの荷物をかわりに持ってあげて、家まで送り届けるという善行を積んだ後である。
声をかけたときはかなり怯えられたが、じっくり話せばわかってもらえた。
フィオも妊婦さんの大きなお腹を特別に触らせてもらったりして、ずいぶんとご機嫌だったのだが――ふと見れば、どこかしょんぼりと気落ちしたような顔をしていた。
「うん? どうした、フィオ。疲れたのか?」
「ううん……」
フィオはゆるゆるとかぶりを振った。
そうして気遣わしげな目でカインを見上げてくる。
「だってパパ……お姉さんのお手伝いをした後、たくさんの人に声かけたでしょ」
「ああうん、それがどうした?」
身重の妊婦さんを助けた後、カインはいろんな人に声をかけ、手を差し伸べようとした。
買い物袋から果物を落としたご婦人、アイスを落として泣いている子供、言い争いをするカップルなどなど。そして、そんな彼らに声をかける度――。
「そうしたらパパ、いろんな人に怖がられたり、逃げられたり、泣かれたりして……かわいそうだった」
「えっ!? 今日はだいぶマシな方だったぞ!?」
人助け成功確率約一割。おまけに通報もされなかったので、ずいぶんな好成績だ。
そう説明すると、フィオは不思議そうに首をかしげてみせる。
「パパはどうしてそこまでして、みんなのお手伝いをしようとするの……? フィオだったら、あんなふうに嫌がられたら、悲しくて泣いちゃうと思うよ」
「うーん……たしかに知り合い連中からもドン引きされる趣味だけどよ」
数少ない理解者――クーデリアからは『いい加減にしろ』と説教されることもある。
カインも自分が人助けに向いているとはカケラも思っていない。
だがしかし、それでもやめるわけにはいかなかった。
「俺様の故郷は、魔王に滅ぼされた。それはこの前話したよな」
「う、うん……」
「だから俺様はよ……誰にももう、悲しんだり、苦しんだりしてほしくねえんだわ」
あの夜、カインは大事な人たちを誰ひとりとして救えなかった。
だからもう二度と……誰のことも取りこぼさないだけの、力を求めた。
魔王を倒したのも、そのついでみたいなものだ。
そこに復讐という意味合いがなかったとは言わないが……カインはただ、もうこれ以上、誰も泣かない世界が欲しかった。
「今すぐ世界中の人を助けるのは難しいかもしれねえ。でも、目についた人を片っ端から助けていけば……いつかは全員に届くだろ。俺様はそのために、人助けをしてるんだ」
自分でも馬鹿げた原動力だと思う。
それでもカインはこの生き方を改めるつもりは毛頭なかった。夢は大袈裟なくらいがちょうどいい。
そうは言いつつもカインは頰をかいて苦笑する。
「まあでも、結局はあんなふうに怖がられてばかりなんだけどな……まだまだ道のりは遠いぜ」
ひょっとしたら、顔の傷を治したり、口調を変えたりすれば、他人からの評価はもっと良くなるのかもしれない。
だが顔の傷は魔王によって負わされたもので、口調も今は亡き養父を真似てうつったものだ。
どちらも決して、無かったことにはしたくなかった。
だからカインは今の自分のまま、どれだけ誤解されようとも人助けをやめないのである。不器用極まりない生き方だと分かっていても、そればっかりはやめるわけにはいかなかった。
「パパ……」
フィオはカインのことをじーっと見つめて話を聞いていた。
しかしやがて彼女はぐっと胸の前で拳を握り、真剣な顔で言う。
「だったら……フィオもお手伝いする!」
「……お手伝い?」
「うん。フィオもパパみたいに、困ってる人を助けるの」
フィオはにこにこしながら決意を語る。
「パパがフィオを助けてくれたみたいに、真似っこするの。フィオもお手伝いしたら、きっと世界中の人を助けられるよね。フィオ、たくさん頑張るよ!」
「フィオ……! おまえは本当にいい子だなあ!」
感極まったカインはフィオを抱き上げてくるくる回る。
通りすがりの人々がぎょっとした顔で振り返るが、お構いなしだった。
フィオは高い高いされながらキラキラした笑顔で目標を語る。
「えへへ……世界中の人を助けられたら、パパがほんとはいい人だって、きっとみんなに分かってもらえるよね。フィオ頑張る!」
「いや……それはどうだろな……うん」
「なんで? パパは優しくていい人で、すごいパパなのに!」
「あはは、フィオがそう言ってくれるだけでも俺様は満足だぜ」
フィオの頭をわしゃわしゃ撫でて、カインは曖昧な笑顔を浮かべてみせる。
世界中の困った人々に手を差し伸べる……そんな夢物語のような野望を持つ彼ではあるが、自分のことに関してはことリアリストな面もあった。
その顔で、善人だと分かってもらうのは無理がある。
(せめてクズ賢者とかいう、ふざけた汚名を晴らせりゃ満足かなあ……)
名声に興味はないが、せめて最低限、それだけは本当にどうにかしたかった。
ため息をこぼしつつも、フィオに言う。
「まあともかく、人助けはいいことだが……くれぐれも無茶だけはするんじゃねえぞ。手に負えないことがあったら、絶対俺様に言え。わかったな?」
「わかった!」
「はー! フィオはやっぱりいい子だなあ!」
元気よく手をあげて宣言してみせるフィオのことを、カインは再び高い高いしてくるくる回る。
そんな奇妙なふたりを、通行人たちは奇異の目で遠巻きに見つめたという。
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