クズ賢者、魔王の娘のパパになる
そしてその日の正午前。
カインとフィオは麓の町――ライラックにやって来ていた。
「わあ……人がいっぱいいるねえ」
広場を見回して、フィオが感嘆の声を上げる。
この地方最大の港町ということもあってか、あたりはずいぶんな賑わいを見せていた。
行き交う人は数多く、その種族も様々だ。そうした人々を目当てにしてか、ジュースやアイスを売る売店や、大道芸人などの姿もある。
「へえ、思った以上にいいところじゃねえか」
カインも感嘆の声をこぼす。
王都もそれなりに賑わっていたが、どちらかというとゴミゴミした街といった印象が強い。
その点、こちらはのんびりした雰囲気に満ちていた。人々の笑い声があちこちから聞こえてくるし、海の方から流れてくる潮風も爽やかだ。
「どうだ、フィオ。大丈夫そうか」
「ちょ、ちょっと、緊張する……けど」
フィオはもじもじしながら、カインとつないだ手にぎゅっと力を込める。
身にまとうのは古びたローブと、ワンピースのように丈の長いシャツ。家にあった古着をリメイクしたものだ。
喧嘩に巻き込まれることも多いため、カインは裁縫スキルも完璧である。ただ、そのせいではからずしもペアルックのようになってしまった。
フィオはもじもじしつつ……照れたような笑顔を浮かべてカインを見上げる。
「でも、うれしい。こんなところに来るの、初めてだから」
「そうかそうか……うん?」
相好を崩すカインだが、そこでふと嫌な視線を感じた。
フィオの頭を撫でつつ目をやれば――広場の隅で、数名の女性らがこちらを見つめ、ひそひそと言葉を交わしていた。
(まさか『クズ賢者』の顔写真がこんなド田舎まで出回ってやがるのか……!?)
一応、情報収集のために取っている新聞には、カインの顔写真は確認できなかった。
だが印刷産業も活発なこの国のこと。ゴシップ誌や何かに載っていても不思議ではない。
戦慄するカインだが……そこで風向きが変わって、人々のかすかな声がここまで届いた。
「あんな小さい子を……」
「やっぱり誘拐……?」
「誰か呼んできた方が良いんじゃない……?」
よく見ると全員が全員、フィオに案ずるような目を向けていた。
(あっ、単に俺様が人攫いに間違えられてるだけか……よかった…………いや、全然よくはねえな!?)
いったん胸を撫で下ろしかけるが、何の解決にもなっていないことに気付いてかぶりを振る。
早く疑惑を晴らさないと通報、事情聴取、留置所のいつものコンボを食らってしまう。
どうすべきかと考えあぐねていたところで――カイン達のすぐそばを、小さな少女が走り抜けた。
「待ってよ、パパ!」
「あはは、そんな慌てると転ぶぞー」
ひげを蓄えた男性に飛びついて、少女はころころと笑う。
どこにでもいるような仲睦まじい親子の姿だ。
(これだ……!)
そこでカインの脳裏に、名案がひらめいた。
「おい、フィオ。ちょっと耳を貸せ」
「な、なあに、カインさん」
親子のことを、フィオはどこか遠くの景色を見るような目でぼんやりと見つめていた。
その前にしゃがみこみ、カインはこそこそと真剣な顔で計画を告げる。
「俺様のことは……ここでは『パパ』って呼べ」
「へ?」
「あっ、変な意味じゃねえからな!?」
どう取り繕っても変態のセリフだが、これにはちゃんとした理由がある。
カインは頬をかきながら弁明するのだが――。
「言ったろ、俺様はあんまりよくない評判が広まっちまってるんだ。クズ賢者だってバレたら、町を追い出されるかもしれねえ。だから、ここは親子の振りをしてやり過ごし…………おーい、フィオ?」
なぜかフィオはぽかんと目を丸くして固まっていた。
心ここにあらずといった彼女の顔の前で手を振って、カインは首をひねる。
「今の話……ちゃんと聞いてたか?」
「う、うん!」
フィオは弾かれたように、こくこくとうなずく。
そうしてカインを上目遣いに見つめてから……ごくりと喉を鳴らし、おずおずとその言葉を口にした。
「…………パパ?」
「お、おう。その調子だ」
呼べと言ったのは自分なのに、思った以上の破壊力にカインはすこしたじろいでしまう。
するとフィオの顔がぱっと明るくなった。
何度も何度もその言葉を口にして――。
「パパ……パパ……パパ!」
「うおっ」
最後にはカインに飛びついて、首にぎゅうっと腕を回してくる。
「えへへ、パパだ……フィオにもパパができちゃった!」
「なんでそんなにご機嫌なんだ……?」
フィオの背中をぽんぽんしつつ、カインは首をかしげるしかない。
正直、渋い顔をされるかもしれないと思っていたので、この反応は予想外だった。
そんなふたりを見て、女性らはほんのすこしだけホッとしたような声をこぼす。
「あら、パパですって」
「ふうん……仲は良さそうだけどねえ」
「でも油断はできないわよ。ほんとに親子かしら。全然似てないじゃない」
疑惑はすこし晴れたようだが、まだまだ油断はできなさそうだ。
カインはフィオの体をそっと離し、にこにこと笑う彼女に続ける。
「よし、その調子で目立たないように気をつけるぞ。まずは……」
雑貨屋に行って、こっそりと買い物する。
そんな計画を告げようとした、そのときだ。
カインの視界の隅に気になるものが映り込み――善人の血が沸き立った。
彼はびしっとそちらの方向を指し示す。
「あっちにいる、重そうな荷物を抱えた妊婦さんのお手伝いだ! 行くぞフィオ!」
「よくわかんないけど、わかった! パパ!」
こうして彼はお困りの通行人たちに声をかけまくり、それなりに目立ってしまったという。
明日もたぶん複数回更新します。お楽しみいただければ幸いです。
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