クズ賢者、またも子供に泣かれる
さて、それから十日ほど経ったある日の朝。
「うえええええええん! 殺されるうううう!」
「待て! 誤解だ! 今日のは特にうまく焼けたから食べてもらいたくて……!」
カインの屋敷前から、またもあの郵便配達の少女が悲鳴を上げて逃げていった。
それを力なく見送って、カインはがっくりと肩を落とす。
手にした紙箱には今朝焼いたばかりのシフォンケーキが収められているのだが、やはり受け取ってもらえず終わってしまった。
「うう……やっぱりダメか……フィオがいけたし、ワンチャンあるかと思ったが……」
先日は子供に泣かれなかったばかりか、笑ってもらえた。
だから新聞配達の少女にも、今日こそお礼ができると思ったのだが……結果はこの通りの惨敗に終わった。
「やっぱ、あいつが特殊なだけかー……」
カインは盛大なため息をこぼし、ガシガシと頭をかく。
衝撃的な出会いから十日。
あれからカインはずっと献身的にフィオの面倒を見続けた。
フィオはこれまでまともな食事を与えられていなかったようで、しばらくは固形物をあまり体が受け付けず、すこし食事を口にして眠るを繰り返し、ほとんど寝たきりの状態だった。
しかしそれでもカインが特別に調合した魔法薬がよく効いたらしい。
三日前くらいからは普通の料理をぺろりと平らげ、自分の足でも問題なく歩けるようになっていた。
昨日は庭を歩き回り、花壇に水をやったりして泥だらけになって遊んで……日が沈む頃には疲れてぐっすりと眠ってしまった。
まだ同じ年頃の子供と比べて痩せ気味だが、もうしばらく同じような生活を続ければ健康的な見た目になるだろう。
笑顔を見せてくれることも多くなった。
だがしかし……それで傷付けられたフィオが、完全に癒されたわけではない。
「けっ、胸糞悪りィ……何が魔王の娘だ。仮にそうだったとしても、あいつが一体何したっていうんだ」
カインは拳を握りしめ、屋敷を見上げる。
ちょうど玄関の真上に位置する部屋に、カインの寝室があった。隠遁用に買った屋敷であるため、客室なんて洒落たものはない。
よって必然的にフィオも一緒のベッドで眠ることとなり――最初の夜、カインは悲鳴で飛び起きることとなった。
『い、っ、いやああああああああ!!』
『フィオ!? フィオ、どうした!?』
『いやっ、いや、来ないで、やめて……! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!』
『……大丈夫。ここには怖いものなんて何にもねえからな』
フィオは夜中の間に何度もうなされ、飛び起きて……そのたび、カインは泣きじゃくる彼女を抱きしめ、寝かしつけた。
最近ではその頻度がずいぶんと減りつつあることだけが、救いだった。
「マジでそのうち……落とし前を付けねえとな」
自分の濡れ衣など、もうどうでもよかった。
フィオを傷付けた者たちへの怒りが、この十日間でもう完全に最高潮まで高まっていた。
本日はもう一回更新予定です。
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