第92話 次へ
コーデイル公爵の晩餐会をきっかけに、貴族としての立場とあり方について考えさせられたアシムは、日々の鍛錬にさらに熱が入った。
サルバトーレ家は武を評価され貴族になった家だ。
それはつまり、この国において武力は重要な役割を担うということになる。
当然他の貴族もそれをわかっているので手を抜いてくることはないだろう。
といっても鍛錬にかまけていられるほど男爵家は裕福ではない。
アダンは騎士団で収入が安定したが、あくまで騎士団での収入だ。
使用人に給金を支払うには足りない。
ユーリのハンター業にもよくついて行くようになった。
アシムが加わったときは、少し遠出をして魔物を多く狩ったりした。
たまに大物を狩ったりしたので、仲介をしているフェルツにハンター依頼所がアシムの正体を教えてほしいと言ってきたらしい。
フェルツの判断によると顔は既にバレているし、いずれはわかってしまうことなので言ってしまって大丈夫だろうとアドバイスをもらったので、それで対応してもらった。
もちろんハンター依頼所には秘密として守ってもらうが、デュラム家をどうにかしてしまった後なので別にバレても問題ないのだが。
ただ単に秘密のハンターとして活躍するのがカッコいいからとユーリには決して言えない。
仲介料はかかるが、困ったときに助けられたフェルツには感謝しているので取り分を3割に増やしてあげた。
貴族としてもたまにパーティーに参加したり、婚約の話を持ち掛けられたりもしたがなんとか躱したり。
そんな日々を2年ほど過ごした。
「アシム! 準備はできたの?」
「うん!」
「じゃあ先に馬車で待ってるわね」
「うん!」
アシムの周りは慌ただしくなっていた。
「この荷物は後から送って」
「お兄様!」
「アイリス! おいで」
トコトコ走ってきたアイリスが抱き着いてきた。
「本当に行っちゃうの?」
「ああ、アイリスも少ししたら一緒にいけるからね」
「はい……」
物わかりのいい返事の中に寂しさが混ざっている。
アシムは馬車へ向かい、周りで待っている人たちに囲まれながら乗り込む。
「お坊ちゃま達者で!」
若い使用人のが泣いている。
「い、一応言っておくけど! 学園に入学するだけだからね? 入寮するといっても同じ王都だからね?」
今生の別れのような雰囲気にアシムは困ってしまう。
「ああ、がんばれよ!」
アダンやアイリス、使用人たちに見送られ学園へ向かう。
アシムはついに学園へ通う年齢になり、エアリスと共に向かうことになったのだ。
「近いとは言え、寂しいんじゃない?」
学園に先に入学しているエアリスが自分も体験したであろう気持ちを察して聞いてくる。
「そう……かな?」
アシムとしてはまだ実感が湧かなかった。
「まあユーリ君もいるし大丈夫なのかしら?」
アシムは自分だけではなく、己の右腕になってもらうユーリも学園に通わせることにしたのだ。
そのユーリは姉と離れるのが寂しいのか、一言も喋らない。
「まあ学園が楽しみな気持ちが大きいかな」
「そう」
ユーリとエアリスとアシムを乗せた馬車が学園へと向かう道を進んでいった。





