第87話 アメリア・バレンタイン
「僕が注目されているというのはどういうことですか?」
「おや? 当の本人が把握されていないのですかな?」
「と、おっしゃいますと?」
リッピ侯爵は顔の位置を低くし、ひそひそ声になった。
「禁書を手に入れたとか?」
アシムは予想していなかった言葉に一瞬固まってしまった。
「その反応は、噂は本当だったということですな」
「それはお答えできかねます」
一瞬のフリーズがら復帰したアシムはなんとか言葉を話す。
「そうでしょうな。禁書と言えば国宝クラスの代物、そう易々とは手に入りますまい」
その国宝クラスをせびったり、ネコババしたアシムは少しだけ罪悪感を感じた。
「そうですね! ハハハ!」
乾いた笑いで誤魔化す。
「私は大丈夫ですが気をつけなされ」
「気をつけるのですか?」
何にだろうか。禁書の扱い方か?
「禁書を欲しがる貴族は多いということですよ」
「それは……」
貴族同士の争いがあるということなのだろうか。
「もちろん直接狙う輩はいないでしょうな」
外部の人間を雇って足がつかないようにするのだろう。
「これ以上は物騒なのでやめておきますかな。明るい話でもしましょう」
「そ、そうですね」
しかしこれだけ禁書の話が出るということは、貴族間で当たり前に認識されているのだろう。
ハンターのフェルツに確認を取ったときは、禁書は尾ひれのついた噂話と言っていた。
一般人には認識されていないが、権力者には認識されている禁書。
何か闇を感じてしまう。
「この前学園で飛び級をした人物をご存知ですかな?」
「飛び級?」
「非常に優秀な魔法の使い手で、将来この国を代表するような人物になると期待されているそうな」
「凄いですね」
素直に凄いと思ったので口に出した。
するとリッピ侯爵がにやりと笑った。
「名前をアメリア・バレンタインというそうですよ」
「え! リッピ侯爵の娘さんですか!?」
「そうです。私の娘ながら非常に優秀でバレンタイン家の誇りですよ」
娘自慢をされてしまった。
「この晩餐会に来ているのですか?」
もしそうであれば先ほどの子供の中にいたのかも知れない。
「連れてきていますよ」
そう言うとリッピ侯爵はアシムの後ろの方に視線を向け、手招きをした。
「お父様お呼びでしょうか?」
やってきたのはアシムより少し年上に見える女の子だった。
「ご紹介いたします。我が娘のアメリアです」
「アメリア・バレンタインですよろしくお願いします」
少し細目の少女がスカートを上品に持ち上げ挨拶をする。
「アシム・サルバトーレ准男爵です。よろしくお願いします」
アシムは挨拶を返しながら、少女の首元から覚えのある魔力を感じ取っていた。





