第71話 逃走
「はぁはぁはぁ!」
男は焦っていた。
貴族を襲撃した上に、禁書の使用、作戦の失敗。
理由は明白だった。
(もう少し慎重になるべきだった!)
今回の作戦はとある幹部の暴走だ。
ターゲットの子供がうちの人員に接触しているところを見つけ、手柄をたてようと以前から準備していた作戦を実行したのだ。
情報もほとんど揃っていたというのもあるだろう。
注意すべきは当主のアダンと、屋敷に住む元兵士の面々だった。
少しの注意点として、長女が学園で凄い成績を残しているということだったが、所詮は子供。
急な作戦決行だったが、現場レベルでは細心の注意を払っていたし、確実に成功させるために油断もしていなかった。
(では何故?)
男はわかっていながらも困惑していた。
途中までは上手くいっていた。
一人目のガキが救援にきたのはいい。
対処はできた。
しかし、次に来たターゲットである子供の登場で全てをひっくり返された。
男は確かにあの子供に禁書を使った。
対象になっていたはずだ。
だが、何食わぬ顔をしていやがった。
どんな達人でも体に不調があれば動きに違和感を見つけ出せる。
だが、あの子供の実力を”計れなかった”。
強い弱いではなく、”計れなかった”のだ。
剣術が凄い?
いや、姉の方が凄かった。
魔法が凄い?
いや、優秀ではあるがあのレベルならうちにもいる。
では何故? 何故負けた?
男は考える。
剣術、魔法どちらも圧倒的ではなかった。
しかし、どちらも一級品ではあった。
「あんな戦い方……」
あの集団の中でのらりくらりと躱しながら魔法と剣術を織り交ぜて戦うスタイル。
いないとは言わないが、それをやると必ず質は落ちるはずだ。
質が落ちてあの動きならば確かに優秀だ。
だが、それでも負けるはずはない。
禁書があるからだ。
この禁書は一定の範囲にいる指定外の生き物を眠りにつかせる。
その効果は絶大だ。サルバトーレの長女が耐えていたこと自体おかしい。
それなのに、あの子供はなにくわぬ顔で戦っていた。
「化け物め」
効果はあったはずだ。
禁書の効果を受けた状態で動けるのも十分凄いのだが、あの子供は異常だった。
「早く知らせねば!」
男は逃走を開始してからしばらく経っていることから追われていないと判断し、ボスのもとへ走る。
今回の指揮をとった幹部の元へは向かわない。
念のためにボスに連絡を入れさせておいた。今回の作戦は、幹部一人の独断であること。
縦社会のこの世界では幹部に逆らうことはできない。なのでもっと上の存在、組織のトップに連絡を入れておくことは必要だった。
男は急いでボスがいるであろう遊郭の建物に入っていった。





