第64話 トム
「アシム! 行ってらっしゃい」
「行ってきます!」
アシムはエアリスに送られて家を出る。
今日はサーニャの鍛錬の日だが、アシムは途中で抜け出す。
サーニャはかなり頑張っていた。しかし午前中で精根つき果てたようで、午後は無理そうだった。
「サーニャ! 準備運動は終わりよ! お昼食べたら本格的に始めるからね!」
サーニャは目を大きく見開いたまま頬に涙を流した。
「頑張れ」
アシムはボソッと言ったつもりだったが聞こえたようで、サーニャから助けを求めるような視線をもらった。
その視線を振り切りながら扉をくぐり、例の酒場へ向かった。
ユーリの友人の一人、トムという人物が闇組織の仕事に戻ってしまったため説得を行うつもりだ。
トムにも事情があるはずなので、そこを解決するつもりでもいた。
酒場につき中に入る。
営業形態が変わったのか、今日は昼から客が‘‘いっぱい‘‘いた。
アシムが中に入ると視線を一気に集めた。
(これは何かあったか?)
視線の中には怒りを含んだものもあり、アシムは自分がこの組織に認知されていることを理解する。
一か所子供が固まっているテーブルがあったのでそこに向かう。
「やあトム!」
敵意を隠そうともしない視線を全部無視してトムに話しかける。
「お前……何しに来た?」
どうやらトムはアシムを知っているようで、あまり歓迎はしていなかった。
「何って? ‘‘君達‘‘をこの場所から離れさせるためさ」
周りの視線が一層きつくなる。
「ところで何かあったのかい? こんなに人が集まるなんて?」
アシム一人を警戒して集まっているわけではないだろう。
「何もねえよ!」
ぶっきらぼうにトムはアシムを突き放す。
「じゃあなんでここに戻ったのか聞いてもいい?」
「うちの仲間になにか用か?」
後ろから声をかけられる。
「トム君をね、組織から抜けさせてあげたいと思ってるんだ」
振り返ると話しかけてきた男は以外にも細身の優男だった。
「トムをか? そいつは自分の意志でここにいるんだぜ? それを邪魔しようってんなら黙っちゃおけないな?」
「兄貴!」
トムがその優男を兄貴と呼んだ。
「何かここにいる理由があるの? 僕が助けられるなら協力するよ?」
「これだからガキは……いいか? トムが一度ここを辞めるとき俺たちは止めなかった。だけどトムは自分の意志でここに戻ってきたんだ」
優男はサルバトーレ家ならわかるだろ、というような話かたをしてきた。
「そうだ! 俺は別に無理やりとか、嫌々ここに戻ってるんじゃないぞ!」
無理やり、もしくはやむにやまれない理由があると思っていたアシムは、自分の見当がはずれていることに気が付いた。





