第46話 アダンの心
「ゲイル!」
アダンの呼びかけにより、現れた男は執事服をこれ以上は無いというような、着こなしをしていた。
「如何いたしましたか?」
この屋敷の数少ない使用人の一人。その中でも、執事長を任せられている責任のある立場だ。
「アシムが連れてきた娘の調査を任せる」
「はっ」
短いやり取りだが、ゲイルはそれだけで主人の意思をくみ取る。
「それでは、失礼します。」
左目につけたモノクルを光らせ、部屋を静かに出ていく。
「ゲイルに任せれば大丈夫か」
椅子に座り、鍛え上げられた腕を伸ばしてコーヒーを取る。
「アシムはサルバトーレ家には珍しく、政治の才があるのかもな」
この時点で自分の部下を欲しがるということは、何かしらやりたいことがあるのだろう。
アダンはアシムを高く評価していた。
「道を踏み外さぬように、私がしっかりしなければ」
母親は未だ旅に出たままだ。呼び戻そうにも、現在居場所を特定できるものはない。
必然的に、親の役目をアダンがこなさなければならない。
「サラに早く知らせられればいいのだが」
行方知れずになってしまっているということは、かなり遠くまで行ってしまったということだ。
そんな妻を責めることはできない、まさかアシムがあれほど稼ぐとは誰も予想できなかっただろう。
「スタンピードを潰したか……」
本人に聞いてもわからなかったが、予想できるのは魔物の大量氾濫『スタンピード』の起きる直前を狩ったのだろうと思われる。
認めてはいるものの、やはり我が子は可愛い子供なのだ。エアリスも小さい頃からしっかりしていたが、最近のアシムは家族を支えるほどの気概をみせている。
それ故に大人として、親として心配になってしまう。アシムは問題なく過ごすのだろうが、親として心配することは許してほしい。
「私は何を思っているのだ」
(親として心配するのを許して欲しいなどと、完全にアシムに頭が上がっていないではないか!)
アダンは自分が家長であると、改めて気合を入れなおした。
(騎士団という自分を活かせる場所がやはり一番合っているな)
領主になってからおかしくなってしまった。
それまでは武力を存分に振るい、国内随一の武闘派貴族として地位を確固たるものにしていた。
それが簡単に崩れてしまうほど、貴族というものは難しい。その貴族にまた舞い戻ってきた不安はもちろんあるが、今度は失敗しない自信があった。武力に注力すればいいのだ。
窓の外に映る月を眺めながら、揺れ動く親心を噛みしめるようにコーヒーを喉に通した。





