第188話 冷緑の森⑤
「ということは、そのヴァンパイアに血を吸われた人間がグールになってしまったということか?」
「血を飲み干された人間だ。勘違いするな」
怪我をした男はアダンに勘違いされたことを不満に思ったのか、強めに訂正してきた。
男は出発前日に俺がカベイラから聞いた内容の話をアダンたちにもした。
グールの成り立ちから、今回の本当の目的まで。
「今回の奴は普通じゃない。グールが狂暴化していたんだ」
「グールが凶暴化するのに何かあるのか?」
グールが凶暴化することが普通ではないということは、カベイラたちにとって都合の悪いことが起こっているということだろう。
現に返り討ちにあっているしな。
「グールは人間の血を飲むことで狂暴化する。そのあとは人間の血が欲しくて欲しくて積極的に人里へ降りていくようになるんだ」
血の味を覚えたグールは厄介で危険ということか。
ヴァンパイアが返り討ちにあう時点で普通の人間や生半可なハンターでは敵わないだろう。
つまり、カベイラ達が討伐を失敗してしまえば、間違いなく侯爵領がグールの餌場と化してしまう。
男の話を聞き、皆が思考の海に沈んだ。
「お願いします! カベイラ様を助けてください!」
「カベイラ?」
アダンが初めて聞く名前に反応する。
「馬鹿やろう! 俺たちのことはアシムという子供以外知らないだろ!」
「で、でも。こうなってはこの人たちに頼るしか」
「だからと言ってカベイラ様の名前を出すな!」
女ヴァンパイアが墓穴を掘った。
まあ、特別隠し通さなくてもいいならこちらとしてはヴァンパイアの話を身内にしていいと思うのだが、やはり心配なのは人間よりも強いヴァンパイアという種族に家族が巻き込まれることだ。
だから今までヴァンパイアのことは話していなかったというのもあるのだ。だが、こうなってしまっては話すほかない。
「父上、今まで話していなかったですが、僕はヴァンパイアに以前会ったことがあります」
「そうか……だが今その話をする必要はないだろう。そのカベイラという人物を助けるのが先決なのだろう?」
これが父という存在か。
俺がヴァンパイアのことを隠していたということを咎めることなく、人命を第一に考えている。
「うん。だけど、ヴァンパイアは人間よりも強い。僕らが助けに向かったところで全滅になる可能性もある」
以前ヴァンパイアと戦った時はなんとか勝てるといった感じだった。しかしカベイラには手も足も出なかった。
そのカベイラが苦戦するような相手に何ができるというのだろうか。
「そうか……アシム。お前が決めろ。時には救援を待って行くのが正解の時もある」
「そんな! 救援を待っていたら間に合わなくなるじゃない!」
「すまないが、私たちが行って助けられる可能性が低いなら意味はないだろう」
「そんな」
厳しいが、最もなアダンの意見にその場の全員が黙り込むのだった。