第183話 冷緑の森①-2
上段に構えられた剣が斜めに振り降ろされる。
剣の先にいた魔物からは血しぶきが上がり、剣の持ち主を赤く染める。
「う~。最悪~」
「我慢なさい。みんな一緒なのよ」
私の名前はミント。
白薔薇の騎士団所属のうら若き女騎士だ。
白薔薇の騎士団は女だけが所属できる特別な組織で、女性国民の憧れの的でもある。
そんな騎士団に所属できた自分は幸運で、所属初日は明るい未来に心躍ったものだ。
「全体止まれ! 狩りはここまでにして拠点に帰るぞ!」
今はバレンタイン侯爵の治める冷緑の森で、毎年恒例の魔物の間引きをしている。
例年通りなら白薔薇の騎士団ではなく、騎士団の一個小隊が派遣されるのだが、今年は王女であるシャルル様が手を挙げたのだ。
それは即ち、シャルル様に付き従っている騎士団副団長兼白薔薇の騎士団団長リーゼロッテの参加も意味していた。
それと同時に、リーゼロッテが比較的自由に動かせる白薔薇の騎士団も参加が必然となってしまったのだ。
「う~。せめて騎士団の一個小隊でもいてくれればやる気でるのに!」
魔物を狩り、返り血と汗で不快になったところで拠点へ帰り、テントの中で着替えををしているとついつい愚痴が零れてしまう。
「またアンタは男のことばかり! 魔物狩りが終わったら休めるんだから今は忘れなさいよ」
「彼氏持ちの人には分からないでしょ! 常に網を張ってないと理想の男性を逃しちゃうのよ!」
「ここで網を張っても意味ないでしょ。あなた男爵家にでも見初められるつもり?」
この任務に帯同している男性は少ない。しかし、貴族というのは社会的地位から見れば最上位に位置する人たちだ。
友人のいう通り男爵家にでも見初められれば最高にハッピーなのだが……。
「その目はチャンスを狙ってるわね。やめておきなさい。今回帯同してくれてるサルバトーレ男爵様は結婚済みよ」
「男爵様はそうかもしれないけど、息子はまだ婚約もしてないでしょ?」
私の発言に友人は目を見開く。
「あなた……いくらなんでも歳の差を考えなさいよ!」
友人は何を言っているのだろう。
愛の前に歳の差など関係ないのだ。
私が友人の言葉に首を傾げていると、広場の中心から大きな声が聞こえてきた。
「白薔薇の騎士団傾聴!」
簡易的な集合の合図だ。それを聞いた団員たちがテントから姿を現し、伝令係りの団員へ体を向ける。
「サルバトーレ男爵様から差し入れを頂いた! 各員列に並び受け取るように!」
団員達は色めき立つ。
こんな遠征に差し入れを持ってくるような人はいない。
例えそれが少しのお菓子や紅茶でも、女の子で構成されている白薔薇の騎士団には効果抜群なのだ。
私も騒がしい列に友人と一緒に並び期待感を高める。
先に受け取った団員の手元を見るとなにやら手のひらに収まる大きさの物のようだ。
「石鹸?」
友人が、受けとった人の手の中にあるものを見て名前を呟いた。
「石鹸? 使っていいの? 湖で使ったら水が汚れるんじゃない?」
「さあ。もしかしたら屋敷に戻った時に使ってくれってことなのかも」
この時は嬉しさ半分、期待外れ半分という気持ちだった。
まさかこの石鹸が世間を騒がせるほど革命的なものであるとは微塵にも思わなかったのだ。