第179話 夜の会
身体に魔力を巡らせ、身体強化を行う。
それと同時に風魔法でも自身を覆う。
瞬間的にこの状態を作り出せるようになったのは一年ほど前だ。
それまでは、身体強化を行ってから風魔法を発動させていた。
「相変わらず見事な魔法だ。君がヴァンパイアなら真祖より強かっただろうね」
魔物間引き作戦の会議も終わり、各々が眠りに向けて準備している中、剣を振っていると声をかけられた。
その声の主に対して振り返らずに答える。
「真祖より強いヴァンパイアがいるのか?」
――――――真祖
それは始祖の流れを組む直系。
まあ、子孫ということだ。
真祖というからには色濃くその血を受け継いでいるはずで、俺の異世界知識では最強の部類に入る。
「いないさ。だが、君ならと思わせるほどの才ということだよ。本当、君が人間なのが勿体ないぐらいさ」
左足で踏み込み、剣を横に薙ぎ払う。
利き足とは逆で踏み込むことで、利き手である右で押し込むことができる。
そこから敵を想定した切り払いを連続で行う。
その間、観測者であるヴァンパイアの真祖は大人しかった。
最後の一振りを終えると、その真祖様は口を開く。
「君との子供が楽しみで仕方ないよ」
頬を染めるその姿は世界中の男を引き付けるほどの妖艶さを醸し出していた。
だが俺には恐ろしい怪物の面影が見えている。
(子供に欲情する怪物ってどうなんだ。それに俺はお前と結婚する気はないぞ!)
幸いカベイラは力づくで俺をどうこうする気はないように感じる。
武力行使されたら簡単に誘拐ぐらいはされてしまうだろう。
「それで、何の用だ? ただ鍛錬を見に来たわけではないだろ?」
何かの話。
一番可能性が高いものは、今回の魔物間引きの件についてだろう。
「まあ、そうなんだけどね。もう少し構ってくれてもいいじゃないか? 君の将来のお嫁さんなんだよ? 何も知らない状態で子づくりは嫌だろ?」
「なんで子づくりする前提なんだよ! そもそも僕はお前と結婚なんてするつもりはないぞ!」
「ふふふっ。燃えるねぇ。この僕の魅力に抗えた男は一人もいないというのに、益々君が欲しくなるじゃないか!」
どうやらカベイラは追いかけられるより追いかける派のようだ。
初めて会ったときもそうだったが、このヴァンパイア自信が天元突破しているのではないだろうか?
確かにこいつの強さは飛びぬけているから調子にのるのもわからなくはないが、そういった手合いほどしっぺ返しがキツイものになると思うのだが。
「お前の恋愛事情に興味はないから早く用件を済ませてくれないかな? 僕はこれでも忙しい身なのでね!」
鍛錬は一度区切りがついたので終わろうと思ったのだが、カベイラが真剣に話さないので少しでも有意義な時間にしようと再び剣を振る。
「アシムはバレンタイン侯爵の話を聞いてどう思ったのかな?」
侯爵の説明によると今回の間引きはそう数は多くないそうだ。
毎年行っている調整のようなもので、少数のハンターで対応するのが恒例になっている。
そんな大変なことではないので男爵家であるサルバトーレ家が手を挙げることはさほど問題にはならない。
むしろお仕事を手伝う仲であるという事実ができる。
これは貴族家としての繋がりが強化されることなのでもちろん歓迎である。
なので、この間引きがあった前後に冷緑の森にある湖でバーベキューなどを催して仲のいい貴族家と交流し、働いたハンターも護衛という形で参加するようだ。
ただ、今回は少し様子が違うようでいつもは見ないような魔物の徘徊が確認されているようだ。
「グールのことか? 確かにこの辺りでは見ない魔物だと聞いたけど、弱いから問題はないだろ?」
人型の魔物グール。
さほど強い魔物ではないが、人も食べるので人間に嫌われている。
よく森に迷いこんだ小さな子供が襲われたりなどの話は聞くが、基本太陽の下では活動ができないので滅多に見るようなものでもない。
「そうだね。グール自体は弱いから簡単に駆除できるだろうさ。でも、グールってどうやって生まれてくるか知ってるかい?」
「グールの生まれ? 考えたこともないな」
魔物は繁殖するもの、魔素を受けて変化するもの、召喚されるものなど生まれ方は様々なようだ。
どうやって魔物が生まれてくるのかなど人間はほとんどわかっていない。
さらにいうならば、動物と魔物のハッキリとした区別の仕方はないようだ。
魔力を持つ生き物は魔物と例外なく呼ばれているが、魔力を持っていなくても、凶暴性が高ければ魔物と言われていたりする。
「グールっていうのは、ヴァンパイアに血を吸われて死んだ人間の成れの果てなのさ」
「人間の成れの果て……」
人間も魔物になりうるという事実に愕然とする。
「そんな目で見ないでよ。僕が作ったわけじゃないからね! そもそもヴァンパイアは人間が死ぬほど血を吸ったりしないんだ。生きるために必要な人間を殺すメリットなんてないだろ? むしろ血を頂いているわけだから殺すなんてありえないよ」
確かに。
むしろ人間に友好的に接したら、積極的に血を提供してくれる人も出てくるかもしれない。
「誤解は解けたかな? 話を戻すけど、今回のグールは比較的新しめの奴らだってことだ。事前に部下が調べてくれたから確実な情報さ」
「新しめ? ということは、ここ最近人間が死ぬほど血を飲んだヴァンパイアがいるってことか?」
どこにいたのか、カベイラの合図で椅子とテーブルを部下達がセットする。
作業が終わるとヴァンパイア達は再び姿を消す。
「お前の周りはいつもああなのか?」
姿を見せないとはいえ、数人の護衛に常に張り付かれるのは疲れるだろう。
「もう慣れたさ。それよりも座りなよ、ゆっくり話そうじゃないか!」
カベイラに誘われた俺は剣を置き用意された木の椅子に腰かけた。