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第177話 王女の想い

 

 窓辺から見える川に光が反射してきらきらと輝く。

 視線を戻すと、向かい合って座る少年の姿が目に入る。


(はぁ~。なんてかっこいいの!)


 完全にホの字である。

 気になっていた男の子に手を取られ、あんな告白をされれば、惚れるなというほうが難しいだろう。


(まるで、英雄譚に出てくる騎士様みたいだったわ)


 先ほどアシムに婚約者候補であるということを告げると、私の手を取り、英雄譚に出てくるセリフ回しを行ってくれたのだ。

 王国に伝わる、美しい姫と騎士の物語。

 姫という身分と、騎士という身分。二人の間には越えられない壁があった。


 しかし、騎士は国を襲ったドラゴンを単独で撃破。

 間違いなく人類最強の騎士、ひいては国を救った英雄としてお姫様との結婚を認められたのだ。


(なんて素敵な事なのでしょう)


 アシムはドラゴンこそ倒していないが、国を救った英雄……というほどでもないが、間違いなく国家の危機を救っている。

 あとは国民に認められるほどの実績を残せば、バスタル王国を代表する貴族へとのし上がっていくだろう。

 戦う姿を直接見たことはないのだが、リーゼロッテの報告によると、一対一では父親であるアダンに劣るものの、集団戦になればあるいはといった実力らしい。

 それに、騎士団長のジークフリート。現王国最強の戦士である彼が興味を示しているとも聞いている。


 八歳という年齢でそれほどの実力を持っていることは、異常と言ってもいいくらいだ。

 アシムが異常というより、サルバトーレ家が異常と言った方が正しいかもしれない。

 父であるアダンは王国屈指の実力者で、騎士団長のジークフリートとまともに戦える唯一の人物と聞いている。

 そのアダンの娘であるエアリスとアイリスの報告も聞いているが、やはり二人も相当な実力者であり、リーゼロッテが騎士団に引き入れるべきと進言してきたのだ。


 流石にまだ幼い二人を騎士団に入れるというのは無理だが、国王であるお父様の耳に入れておくのも悪くないかもしれない……。

 いや、それほどの人物がいると分かれば、兄である第一王子や、姉の第一王女までもが自分の配下に入れようと動くだろう。


 彼らの元へ誘われれば一貴族であるサルバトーレ家は断ることができない。

 むしろ今、私が強引に配下として側付きに任命すればそういった懸念もなくなるのだが、そうすればサルバトーレ家との信頼関係もなくなるだろう。


 アシムと話していて感じたのだが、アシムはどこの派閥にも属する気はなく、縛られるのを嫌っているようだった。

 そこもまたカッコいいのだが、それでは貴族社会では生き残っていくのは大変困難で、とても心配になる。

 サルバトーレ家は一度没落しているので、余計にである。


(親子は似るということかしら)


 アダンも実直な性格らしく、かつて領地を任せられた時にどこの派閥にも属していなかった為、デュラム家に騙される形となったようだ。

 貴族の繋がりはそういった意味では重要になる。

 サルバトーレ家は相変わらずどこの派閥にも所属していないようだが、一応コーデイル公爵とは交流があるようだ。


 もしこのままサルバトーレ家がどこの派閥にも入る気がないのなら、また同じようにどこかの貴族にいいようにされてしまうかもしれない。

 それを回避するには、辺境伯に任命するか、公爵への昇進ぐらいしかないのだが、今のところそのどちらも厳しい。


 だが、もしもアシムが王女である私と結婚をすれば、それは嫌でも国王派の貴族家とみなされる。

 王家と親戚ということは、それなりの交流を求められるし、またそういう機会に多く恵まれるだろう。


 婚約者候補ということが公に発表されるだけでも効果は期待できる。


 そんなことを考えていると胸がぎゅっと締め付けられるような想いになる。

 アシムと恋仲になりたいと想っているのはもう自分でも気づいている。

 だが、王女という立場で恋愛結婚というものはあり得ない。

 少なからず政治的意図は絡んでくる。


 そんな思惑が絡む中、自分の想い人が婚約者候補という可能性が出てきたのだ。

 そんな奇跡的な偶然に、運命を感じずにはいられない。


(はぁ。なんて素敵なんでしょうか)


 向かいに座るアシムが少し気まずそうにしている姿もまた素敵なのだった。


◇◆◇◆◇◆


 白く大きな布地に覆われたテーブルに置かれた皿の上に、こんがりと焼かれたパンが重なっている。

 早朝、愛娘であるシャルルが王城を出た。


 国王である私も一緒に行きたいのは山々なのだが、いかんせん忙しい身である。

 妻であるメアリーも一緒に行きたがっていたが、彼女もまた国政を担っている。

 国王の妻である女性は、本来政治に関わることはないのだが、彼女は近年稀に見る才女であった。


 その優秀さゆえに宰相に任命をした。

 なので、この国には宰相が二人いる。

 もう一人は元々宰相として頑張って貰っていたのだが、メアリーにも政治の決定権を与えるために歴史上初の宰相二人体制を取ったのだ。


「シャルルを行かせて良かったのですか?」


 その愛する妻から質問が飛んでくる。

 その言葉には少し棘があり、私の判断を批判しているようだった。


「よい。婚約者候補と一緒ということを懸念しておるのか?」


 シャルルはつい先日バレンタイン侯爵領へ赴くと言ってきた。

 所謂バカンスだ。

 王族だからといってずっと城に籠っている必要はなく、その提案事態は悪いものではなかった。


「あのアシムという子。以前デュラム家の裏切りを暴いた時に活躍したとはいえ、未だ男爵ですよ?  まだまだ実績を積む必要があるというのに、時期尚早ではないですか?」


 アシム・サルバトーレ。

 家は男爵家。

 本人は準男爵に任命されるという特例の人物である。


 本来、王女の婚約者候補となるのは、侯爵家以上の貴族から選ばれる。

 それは国内の結束を固める意味が大きく、他国ともなれば、同盟関係を結ぶような国の王子となる。


 それを、子供としては驚かされるような活躍をしたとはいえ、侯爵には程遠い男爵の子息を婚約者候補に挙げるとは、さらには今回の旅行に同行しているという。

 それではアシムという候補者と関係を深めているように見えるのだ。


「報告では相当優秀ということではないか。実力は既に副団長以上だと聞いているぞ」


 騎士団の副団長、リーゼロッテ。

 彼女は男ばかりの騎士団の中で揉まれ、その実力で副団長まで上り詰めた実力者だ。


 騎士団長であるジークフリートと比べてしまうと確かに見劣りしてしまうが、それでも国内でトップレベルの戦士であることに疑いはない。

 そんな彼女以上の実力であると言われれば、是非ともこの国の戦力に加えたい。

 

 アシムは一度、報奨を与える際に見たことがある。

 その時の印象として、あまりにも幼い子供ということでよく覚えている。


 あの日以降、特に何かをしたという話は聞かないが、父であるアダンが騎士団で目覚ましい活躍をしているとも聞いている。


「サルバトーレ家だからということも大きいのでしょう?」


 ――――――サルバトーレ家。


 アダン・サルバトーレ。

 かつて、貴族家として没落する前の活躍は、飛ぶ鳥を落とす勢いだった。

 領地を持たせる程の叙勲をしたのが間違いだったと、あの時は後悔した。


「シャルルの歳に近い侯爵家以上の子息が少ないのも問題だ」


 シャルルの婚約者候補となる位の高い貴族は、最低十歳は年上だ。

 年下は次男以下しかいないので、必然的に年上ばかりが候補に挙がる。


「シャルルが可愛いのはわかりますが、他の貴族の目も考えて下さい」

「むぅ」


 返す言葉もない。

 今アシムが婚約者候補だと発表してしまえば、子爵家以下の家でもいいのではないかと言われるだろう。

 だから発表は行わないし、正式決定でもない。

 では何故そんな話が出たかと言うと。


 シャルルは最近物思いに耽っていることが増えた。

 その時に、サルバトーレが大聖堂を建設するという話が舞い込んできた。

 勿論王家として大きく噛ませてもらい、宗教的に国民の求心を高めることができた。


 その時にアシムのことを思い出し、シャルルに婚約者候補としてどうだと言ってしまったのだ。


(まさかあんなに喜ぶとは……今更冗談だとは言えまい)


 娘に弱い父親の身から出た錆でもあったのだ。

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