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第173話 得たもの

 

 俺の目が覚めて四日が経った。

 一か月寝たきりだったということもあり暫く様子を見ていたのだが、筋力的な衰え以外は問題なさそうだったので、精霊の国を出て自宅のある王国に帰ることになった。


 なったのだが……。


「俺様に言うことはないのか?」


 不機嫌そうな精霊王様が俺の病室となっている部屋に押しかけてきている。

 精霊に重さはないのか、座っているソファが沈み込むことはなく、空気椅子でもしているんじゃないかと疑ってしまう。


「言うこと……治療していただきありがとうございます」


 部屋の中央に置かれているテーブルにある果物を一つ手に取り、それを齧りながら俺が横になっているベッドの脇に近づいてきた。


「違うな。俺様がお前に求めていることはそんなことじゃない! サリアのことだ」

「サリア様……僕のことを好きということについてですか?」

「貴様、まだ気づかないふりをするつもりか?」


 気づかないも何も、サリア様本人から気持ちを伝えられたわけでもないし、ましてやそういったアプローチを掛けられた記憶もない。


「一か月だ」

「一か月……僕が気を失っていた?」

「そうだ。その一か月の間、サリアは貴様の世話を甲斐甲斐しくやっていた」


 確かに、大事な人でなければそんなことをするのは難しいだろう。

 別にサリア様がやらなくても、部下であるユーリがその役目をこなすのだから。


「その一か月の間俺様がどれだけ苦しんだかわかるか?」


 精霊王ギル。

 彼は光の精霊クラウディアの弟だ。

 姉弟ということで、扱う属性も同じということである。


 ギルは俺の身体を治療してくれており、姉のクラウディアにはできないほど複雑な状況だったらしい。

 具体的には。

 人には魔力が行き交う魔力回路というものがある。その魔力回路がズタボロになっていたらしい。

 魔力回路の治療は物理的なものではなく、魔力的なものらしく、再び正常な状態に戻すのは不可能に近いらしい。


 だが、精霊王であるギルは相手の魔力回路に干渉することができるようで、俺の魔力回路に自分の魔力をバイパスのように使って俺の魔力を補助しながら修復していったみたいだ。

 魔力回路を治すなんて発想はなかったので、そこのところを詳しく聞こうとしたのだが、この技術はギルしかできないらしく、そのギル本人は感覚的なものでしかないらしく、よくわからんと言われてしまった。


「貴様の神聖魔力が今でもこびりついてるようで気持ち悪いぞ?」


 普段は上手く住み分けているらしい神聖魔法と、俺自身の魔力。

 それが魔力回路が滅茶苦茶になったせいで混ざり合うようになり、俺の魔力が神聖魔法に喰われそうになっていたようだ。


「すみません。迷惑をかけてしまい」

「迷惑? ハッ! そんなもの、俺とサリアの邪魔をしていることに比べたら何でもない! だからサリアのことは俺様に任せろ!」


 サリア様に関しては何もしていないので任せるも何もないのだが……。


「ギル! サリアのアシムを見つめる瞳を見たでしょ?」


 どこから聞いていたのかわからないが、クラウディアがスッと部屋に入ってきた。


「チッ」

「ごめんなさいねアシム。ギルはあなたに完全に負けて嫉妬しているだけなの。それと、根はいいんだけど、人間のことが理解できていなくてね。自分勝手に振る舞ってしまうことも多くなっちゃってるの」


 なるほど。

 ギルとしては相手を不快にさせるつもりはないが、今までの自分の価値観通りに動いていたらそうなってしまったということなのだろう。

 つまり、相手がそれは不快だと思っていることが理解できればギルも、それなりの対応ができるということなのだ。


 クラウディアがギルのことを謝りながらこちらに何かを差し出してきた。


「これ、化け物……怨嗟が封印されていた巻物よ」


 それは見覚えのある、化け物が封印されていた四属性の巻物だった。


「あの化け物、名前ががなかったからあなたが呼んでいた怨嗟という呼び方をさせてもらうことにしたわ。それと、この四属性を使った巻物だけど、あなたにあげるわ」


 俺が呟いた怨嗟という呼び名をジュミ達が伝えたのだろう。

 それはいいのだが、貴重そうな巻物をくれるということに驚いた。


「それはね、ジュミの師匠にしか使えない封印の巻物なの。つまり、四属性を扱える者が持っていないと意味ないのよ。だからあなたにあげるわ」


 四属性……。予想はしていたが、ジュミの師匠も使えるようだ。

 この後色々説明をしてもらった。

 ジュミの師匠のことは謎が多いらしく、芳しい情報はなかった。


 いい知らせとしては、ジュミとユーリの契約が成立したらしい。

 悪い知らせとしては、やはり俺が契約できる精霊はいないらしい。


 精霊と契約して強くなるのが目的だったが、収穫がゼロだったわけではないのでよしとする。

 一応封印の巻物と、ユーリの精霊契約で戦力の強化はできている。


 だが、あのヴァンパイアのことを考えると全然足りないことは明白だ。


 翌日、精霊の国を出るときにギルに色々嫌味を言われたが、要約すると、サリアに何かあったら許さんということだった。

 それと、聖女と万が一恋仲になったならギルに報告しにくるようにと釘も刺されてしまった。

 精霊王はなんだかんだいい奴のようだった。


 それゆえに心が少しだけ痛む。

 俺の治療をしている間に神聖魔法との接触と、好きな女が別の男を見る横顔を見なければならなかったことに。

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