第159話 神聖の精霊(神話時代)
神木の光が照らす道を歩き視線を彷徨わせる。別に何かあるわけではないが、水の精霊が横切ったため条件反射的に見てしまっただけだ。
「ライガ! ジウン様がお呼びよ」
「ジウン様が俺を?」
声をかけてきた精霊に思わず聞き返してしまう。ジウン様といえば精霊の始祖であるゼウン様の分霊で、元精霊王である。
精霊は神木から生まれてくるのが基本だが、ジウン様は精霊から生まれた精霊として唯一無二の存在である。
「そうよ! 早くいきなさい!」
燃え盛るような真っ赤な髪を揺らしながら俺を促すのは火の精霊ミシャだ。こいつは若いながらもその情熱と明晰な頭脳のおかげで精霊王の側近の補佐官をしている。
ミシャに促されるままジウン様の住まう神木へと向かう。たどり着いた場所は少し開けていて、他の神木とは違うような雰囲気を感じさせる。
「ジウン様! ライガです!」
カーテンのように垂れ下がっている蔓を掻き分け中に入ると、奥の方で誰かが起き上がる気配がした。
「そこへ座りなさい」
しゃがれた声で着席を促された。今では弱っている精霊という感じだが、若い頃の武勇伝はまさに伝説だった。
それも数千年前の話になってしまうので自分はこの姿のジウン様しか知らないのだが、話をしていると何故か力強さを感じさせる。
今でも現精霊王の助言を頼まれるほど聡明なお方で、生きる伝説と言われて納得できる人柄だ。
「ジウン様今日はどんなお話しをしてくれるんですか?」
自分でいうのはなんだがジウン様にはよく目をかけてもらっている。
俺もジウン様と同じ”変わった”精霊であったため、なんとなく疎外感を感じていたのだが、そんな俺によく話しかけて下さったのがジウン様なのだ。
未だに自分の司っている属性は謎のままだが、少なくとも他の精霊たちには気味悪がられるほど異質だ。
「そうじゃな。今日はお主やワシのように少し変わった精霊の話でもしようかのう」
「”少し”? 大分変ってると思うけど」
ジウン様は優しい目で頷く。
「そうじゃな。ワシらは他の精霊と確かに違うかもしれん。じゃが心まで違うわけではないのだぞ? 個々の属性が違うように、ワシらも少し違う属性を持っているのに過ぎないのじゃ」
「そうかなー」
正直周りからの視線が今でもキツいのはわかる。同じ精霊として認めていない輩までいる始末なので、時々自分は精霊ではないんじゃないかと思ってしまう。
「ホホホ、まあそんなことは些細な問題じゃ。あまり気にするでない」
「そうだね」
ジウン様や、理解のある精霊はちゃんと俺を受け入れてくれている。おかげで友人と呼べる仲間とも出会え、最近では前向きに考えられるようになってきた。
少し間があいてジウン様が喋りだす。
「これはワシがまだ数百年しか生きていない時だったかのう。その頃はまだ精霊として認めないやつらも多くてな、それはそれは居心地が悪かった時代じゃのう」
「数百年も受け入れられてなかったの!」
自分は生まれてまだ五十年ほどだが、居心地が悪いということはなくなってきている。
「その頃ワシには妹と呼べるほど仲のいい精霊がいたのじゃ。その精霊はメロと言ってな、これまた変わった精霊だったのじゃ」
「変わった精霊……」
それはつまり、ジウン様とメロは同じように迫害的な扱いを受けていたということだ。お互いの存在が大きくなっていくことは想像に難くない。
それからジウン様はメロがどれほど強い精霊で、自分の心の支えになってくれたかということを話してくれた。
しかし、その話の中でもひと際興味の湧く話題があった。
「メロの予知夢という能力は本当に当たってのう。よくワシが危険にさらされると助けに現れたものじゃ」
メロは予知夢という能力を駆使して上手く立ち回っていたようだ。だがこの能力には欠点があり、見れる未来は自分で選べないうえに、寝ていなければ効果が発揮されないのだ。
「そしてある日メロは世界の終わりをみたのじゃ」
「世界の終わり? 今も世界が滅んでいないってことは、まだその予知夢は続いているの?」
予知夢は自分では選べない。この世界が終わる遥か未来を見てしまったのだろうか。
「いや、それはすぐに起こったのじゃ。世界は一度滅びかけておる」
「ということは、そのメロさんが予知夢で世界を救ったとか?」
ジウン様は頷く。
「そうじゃ。メロは自分の命を使ってこの世界を救ったのじゃ」
メロという精霊がいかに大事な存在かということを感じ取っていたので、言葉が出なかった。
何百年も迫害を受けている時代の理解者がどれだけ心の支えになっているのか、規模は違えど似た体験をしてきた自分だからわかる。
「そして、その世界を救った魔法がお主とよく似た魔法だったのじゃ」
俺の属性魔法。他の精霊からなかなか受け入れてもらえない、時には気持ち悪いといわれてしまうような力。
―――――黒炎
真黒な魔力の属性を持った精霊……それが嫌われ者ライガの力だった。
・神木
巨大な木あまり、隙間に精霊が住み着く神聖な木。
精霊王が住まう神木が本物であり、周辺の木は神木の気を吸って神木へと昇華している。





