第155話 ユーリを鍛える理由
サリア様と精霊の話をしてから二日ほどが過ぎた、精霊王に会うには準備がいるらしく今度の週末にという約束になった。
その時に必要になものはあるかと質問をしたのだが、精霊王は貢物が嫌いなのでくれぐれも何も持って行かないようにとのことだった。
「それでは抜き打ちテストを始める!」
担任のその言葉にクラス中から不満の声があがる。この学園は中間テストがないので、その代わり抜き打ちテストが度々ある。
成績には関係ないテストなのでみんなのやる気もそれなりになってしまうのだが。
「よく休むやつもいるからな! ここで成績が低かったら今度から休めないと思え!」
これは完全に自分のことを指している言葉であろう。
最近は大聖堂絡みのことで学園を休むこともしばしばあったのだ。
「ユーリ君とアシム君は大丈夫? 最近二人よく休んでるよね?」
マーシャが心配をしてくれる。彼女はまだ学園を休んだことはないらしく、頭も良さそうだった。
「僕は大丈夫かな。それよりユーリかな? 最近は忙しくて勉強全然できてなかったから」
「アシム君も勉強できてないでしょ?」
学園を休む時はユーリとセットだったので確かに勉強はしていない。
「大丈夫だよ。家で家庭教師つけてもらってたから、学園で習う範囲は全部終わってるんだ」
「え! アシム君頭いいと思ってたけど全部終わってたの!?」
この世界では初等部、高等部の九年間で学園が卒業となる。
前世からの教育を考えると、小学校卒業程度の勉強しかしないのである。
といってもこの世界は戦争や魔物などと戦う方面の勉学も必要なので、そちらの比重が高いせいでもあるのだが。
「ユーリはまだ終わってないよ?」
「終わってない? 期末試験の範囲のこと?」
期末試験も近づいてきたのでそれなりに勉強を頑張る人達もちらほら出てきていた。
「そうだね。そろそろ終わらせないと全教科百点は無理かも」
「そもそも全教科百点なんて無理だよ!」
小学生低学年レベルの勉強なので百点は取れると思うが、戦闘試験もあるためそこに集中できない人達もいるのだろう。
そう考えると戦闘試験も含めた全てのテストで百点を取るのは難しいのかもしれない。
「ユーリ君大丈夫? 無理してない?」
何故かマーシャがユーリの心配をしている。むしろユーリのために勉強を教えているのだが、聞かれた本人の瞳は少し潤んでいるように見える。
「だい、じょうぶ」
「アシム君! ユーリ君になにさせてるの!」
異常を感じ取ったのか、まるでこちらがユーリを虐めているかのような言い方だった。
「何って、ユーリは他の貴族の子供達と違って勉強を始める時期が遅かったからその差を埋めようとしてるだけだよ。実際にもう周りに見劣りしないぐらにはなってるでしょ?」
他の貴族の子達は幼いころから魔法や勉学の師を持ち、学園入学前にある程度の基礎はできているのだ。サルバトーレ家も先生がついて魔法や勉強を教えてくれている。その環境にユーリを置いただけなので無理はさせていないはずだ。
「それは貴族の子の基準でしょ? 一般の生徒は学園に入ってから勉強を始めるから無理に勉強する必要はないでしょ? ユーリ君の反応を見る限り結構厳しくしてるんじゃない?」
「厳しいかな? 取りあえず初等部の分は終わらせようと思ってるんだけど」
初等部の教科といえば算数や国語程度のものだ。これさえ終わればとりあえず貴族の家で働くには十分な教養があると判断される。
高等部に上がると貴族としての礼儀作法や、平民生徒は自分の就職するであろう仕事の準備に入るのだ。
年齢で言えば、高校生ぐらいで社会に出るようになる。
「いくらなんでも早すぎないかしら? あと六年あるのになんでそんなに急ぐの?」
「それは、ユーリには期待してるからさ! 今のうちに勉強は終わらせて他のことをどんどん学んでほしいからね」
ユーリにはサルバトーレ家を支える優秀な人材に育ってもらいたい。出会った当初は戦闘能力に長けた印象しかなかったが、勉強も教えるようになると意外と知的な場面を見せるようになってきたのだ。
なので学べることはどんどん学んで多くのことを吸収させようと考えている。
「アシム君は家から独立するの?」
アシム・サルバトーレ個人が爵位を持っていることは有名だ。周りからは確実に独立すると思われているだろう。なぜなら、現在個人として持っている爵位は準男爵で、サルバトーレ家はその一つ上の男爵だ。
形としては男爵家からの独立となるので、男爵家よりも優秀だから独立できるという認識になるのだ。
「う~ん。まだ決めてないんだよね。独立すれば爵位が上がるとはいえ、サルバトーレ家をそのまま継いでも同じように爵位は上がるみたいだし」
当主としての能力が認められればもちろん昇進もあるので、国に多大な貢献をした自分は男爵止まりではないはずだ。
「でも独立したら、国王様の裁量で爵位を決められるんでしょ? そっちのほうが爵位あがるんじゃないの? その時の方がユーリ君の頑張りが報われる気がするな」
家を継げばサルバトーレ家としての評価で爵位が決まる。もちろん国家反逆を未然に防いだことは大きな功績だが、没落した貴族にもう一度爵位を与えるということで報奨は貰っている。
個人として準男爵の爵位を貰ってはいるが、それは年齢的な部分が位を抑えている可能性が高い。
なので、独立したときには国王自ら出てきてさらに高い爵位を与える可能性があるのだ。
「そうだね。学園を卒業するまでには考えておくよ」
今はまだ遠い問題であると先延ばしすることにした。





