第153話 打ち明けた秘密(サリア視点)
昨日の晩からたっぷりと睡眠をとったはずなのになぜか落ち着かない。
その心を表しているのか、早朝に鳴く小鳥の声も騒がしく感じる。
朝からこんな調子では一日持ちそうにない。
教皇様が助かり、聖女を積極的に排除しようとしていたカトリーナもいなくなった。
突然の失踪にカトリーナ派は私を疑っているようなのだが、証拠がないので何もできないようだ。
一番の心配事が解決して心落ち着くはずなのだがなぜかソワソワしてしまう。
不安定な状態のまま朝食を食べ終わると、サルバトーレ家に一緒にお世話になっているヴィーナに話かけられた。
「サリア様、どうかなされましたか?」
ヴィーナと初めて会ったとき、力強さを感じる瞳で見つめられるとつい萎縮してしまっていたが、今では私を心配してくれる優しい瞳だと知っているのでとても頼もしい友人である。
「大丈夫……なのかしら?」
「なぜ疑問なのです?」
大丈夫と言ってしまいたいが今の心境ではそうも言えなかった。
「教皇様も助かって心配事もないはずなんですけど、何か引っかかるといいますか」
「なるほど、恋ですね!」
「恋?」
ヴィーナの言っていることが全然わからなかった。
恋と言われても誰かを好きになった自覚などなく、ただただ心が騒がしいだけなのだ。
「はい! サリア様は朝早く出ていかれたアシム様を見る目が違いました! それはまるで恋する乙女の如くです!」
得意げに身振り手振りを加え、自身の身体を抱きしめることで恋心を表している。
確かに、学園の寮へ戻ると朝早く家を出たアシム様の姿を見たとき身体が熱くなり、気持ちが高揚したかもしれない。
だがそれは今回カトリーナのいざこざを助けていただいた感謝の念だと思っている。
「それはヴィーナの勘違いじゃない? 確かにアシム様は幼いながらも凄い人物だと思うけれど、私は年上よ?」
「アシム様は今年で八歳なので確かに幼いですねぇ。そんなお方に想いを寄せたサリア様を不憫に思います」
今度は涙を流す演技をしながらこちらを見てくる。わざとらしいがその下手な演技ゆえにこちらをからかっているのが十分伝わった。
「それはどういう意味? アシム様が恋愛対象になるにはまだ幼すぎるわ」
ヴィーナはその言葉にキョトンとした。
「何をおっしゃられるのやら! アシム様は貴族です! 貴族というのはすでに婚約者がいてもおかしくないのです! それにアシム様は独立を許されたエリート貴族なんですよ! もたもたしてると他の女に取られちゃいます!」
急に熱くなりだしたヴィーナに面食らってしまったが、そう言われても小さい男の子に惹かれるということはないと思う。
アシム様は顔が整っており、さらにこの国を裏切ろうとしていた貴族を捕まえた実績で将来有望な人物と聞いた。
その国家反逆を暴かなければまず間違いなく戦争になっていたらしく、国民の間ではあまり聞かないが貴族の中では評価がうなぎ上りなのだとか。
幼い以外にもそんな凄い人物が自分と結ばれるなど想像もつかず、心のざわめきが恋によるものだとは思えなかった。
「でも……」
「あー! デモもへったくれもないです! 実際にアシム様に会えばわかりますよ!」
面倒になったのか、ヴィーナは大声を出しながら片足を椅子の上に乗せ両手を机の上につけてこちらに顔を近づけてきた。
「わ、わかったから! アシム様に会って確かめればいいんでしょう? それよりヴィーナ足広げすぎよ!」
ヴィーナの修道服は特殊で、スカートが斜めに切られており片足が丸々見えるほどの大きさである。
その服装で足を上げているので中身まで見えそうになっていた。
「あれあれ、サリア様なんで顔が赤いんですか?」
「うるさい!」
同性とはいえ恥ずかしくなってしまい顔が熱くなるのを感じる。
その様子をみてヴィーナがからかってきたので、怒って席を立つ。
「サリア様冗談ですよ! サリア様は男の子が大好きだって知ってますからぁ!」
「それはまるで私が男好きみたいじゃないですか?」
「え! 女の子の方が良かったですか?」
到底謝る気のない態度が頭にきたので無視することにした。
「からかったこと謝るからサリア様無視しないでぇ~!」
泣きついてくるが、ここまでのやり取りを楽しんでいるようなので無視を継続してあげる。
「あ、そうだ! アシム様にお礼を言いに行きませんか? カトリーナがいなくなっても大聖堂計画はなくならないのでそこの話も含めて!」
本当に無視されるのが嫌なのか、アシム様の話題で無視できない内容を提案してきた。
「そう、ですね。お礼は言わなければなりませんね」
カトリーナ事件はつい先日のことなので、まだアシム様に感謝の気持ちを伝えられていなかった。
「では早速行きましょう!」
「待って!」
「なんですか? お化粧直しですか?」
ヴィーナはまだ懲りていないようだ。
「アシム様ははいま学園でしょ? せめて授業が終わった後に行きましょう」
「……それもそうですね!」
少し間があったが、どうにか自分の行動が非常識であることに気付けたようだ。
学園が終わる時間を見計らって屋敷を出る。
受付のカウンターへ向かうと声をかけられた。
「サリア様ですか?」
燃えるような赤髪の少女だ。その顔には見覚えがあった。
知り合いというほどではないが、昨年の剣術大会で子供ながら活躍をしていた少女だった。
「あなたは確か、去年の剣術大会に出ていた……」
「はい! エアリス・サルバトーレと申します!」
エアリス・サルバトーレ。大会には基本大人しかでないはずなのだが、その中に入り並み居る強豪を倒していったのを覚えている。
「サルバトーレといえば、アシム様のご家族?」
「アシムを知っているんですか?」
「はい! 先日助けていただいたお礼をと思いまして」
「まあ、私はアシムの姉です。ご案内しますよ」
偶然にもアシム様の姉と遭遇し、部屋まで連れて行ってもらえることになった。





