第147話 真祖との末路
二人の間には見えない壁があるのか、しばらくの間静寂を挟んで睨み合う。
「動けないのかい? そうだな、じゃあ一撃だけ受けてあげるよ。そのあといったん距離を取るといい」
「そうさせて貰おう」
「ハハハ! 素直でいいね! 好きだよそういうの」
実力差は明白だ。
まだ一度も刃を交えていないが、立ち合ってみると分かってしまう。
――――――化け物
騎士団長や父であるアダンも人間離れした実力を持ち合わせているが、それがまだ人の範疇に収まっていることに気づかされる。
それ故に勝てないことが分かってしまう。
こちらの攻撃をいくらいれようとしても赤子の手をひねるように返されるだろう。
だが、この戦いの勝利条件は相手を倒すことではない。
全力でぶつかること。
それが真祖であるカベイラが求めていることであろう。
ハンデをくれるというならばそれを全力で生かさなければならない。
下手な使い方をすると相手の機嫌を損ねかねないので、全力で向かう。
――――――命賭けのご機嫌取り
カトリーナも強かったが、カベイラはその比にならない程強いだろう。
だから今出せる全力を出す。
場所・環境・目的。
余計なことを考えるのをやめる。
脳のリソースを相手を倒すことだけに集中させる。
「いいねぇ」
カベイラが美味しそうなものを見つけたと言わんばかりの舌なめずりをする。
「シッ!」
自分の呼吸で間合いを一気に詰める。
しかしカベイラは仁王立ちのまま動かない。
油断をしているのだろう。今まではこういった手合いは何度もあった。
絶対的な自信からくる油断。相手を弱者と侮っての油断。そういた者の足元を掬ってきた。
だがカベイラのそれは油断ではなくただの分析結果であった。
カベイラの目の前に到達し、攻撃を叩き込む。
自身の持つ最大火力といえば、風魔法を超高速に回転させ拳に纏わせた風の鎧であった。
だが今回はそれだけに留まらず、神聖魔法を加えた複合魔法を使用する。
さらにそれを部位のみに纏うのではなく、全身を覆うように展開する。
風の魔法は本来色がないので見えないが、神聖魔法の黒色が混ざり所々に色がついていた。
神聖魔法は相手の魂の部分に干渉しているのがわかり、魔法に対しての効果もわかってきた。
神聖魔法は属性魔法を減衰させる効果と、増幅させる効果があるようだ。
これは使用者にしかわからない感覚なのだが、神聖魔法で魔法を吸うと減衰し、神聖魔法を通過させると増幅するようなのだ。
吸った魔法は溜めることはできないがどうやら自分の魔力として取り込めるようで、魔力を吸う、通過させるということができるようになってからは戦い方の幅が広がった。
神聖魔法で強化された身体強化と風魔法で殴り飛ばす。
「ハハッ! いいじゃないか! 予想以上だよ!」
だがカベイラは事もなげに拳を捕まえた。
「だけど粗削りだね!」
ハートマークでもつきそうな声音でウィンクをしてくる。
余裕そうでムカついたので、魔力を右足に集中させ蹴りを叩き込む。
高速で回る超風魔法が巻き上げた石や土がぶつかり合い電気を発生させる。
「ヴェッ!」
先ほどよりも加速した攻撃に意表をつかれたのかカベイラがもろに喰らい吹き飛んだ。
「カベイラ様!」
側近らしき男が真祖を心配して駆け寄ろうとする。
「来るな!」
先ほどの軽い口調からは想像ができない怒号で止められる。
「しかし!」
「来るなと言ったんだ! 僕はこの通り平気さ」
ダメージは喰らっていないのか、すぐに立ち上がりこちらに向き直る。
「予想以上の予想以上なんて素敵すぎるよ!」
何やら様子がおかしい。
押してはいけないスイッチを押してしまった気分だ。
「それはどうも」
「ふふふ! もう満足と言ってあげたいけど、君への期待が留まることを知らないみたいだ!」
「なんだそれ?」
興奮しているのか、先ほどよりも早口になり手をワキワキさせている。
「じゃあ今度は僕の番だね!」
「順番を譲った覚えはないけどな!」
「意地悪言うと殺っちゃうよ!」
そこからは有無を言わせない連撃が飛んできた。
最初の数発は防げたものの、それだけだった。
顔に、腹に、腿にカベイラの攻撃が直撃する。
「うんうん! 頑丈でもあるんだね!」
衝撃は殺せないのでノーダメージとはいかないものの、神聖魔法と風魔法の複合魔法の鎧は中々に頑強だった。
しかし、凄いスピードで削られるので、その度に補強をすると魔力がどんどん減っていく。
「ぐっ!」
魔法の鎧が間に合わず回避を試みたが肩を撃ち抜かれてしまう。
よろめいたところに来た追撃をバク天の要領で避ける。
だが、膝と手をついた着地で最後だった。
体勢が悪すぎるうえ、すぐ動けない状態になってしまったためカベイラの攻撃に対応できなくなってしまった。
「合格!」
トドメの拳は顔寸前のところで止まっていた。
「そんな睨まないでよ」
「合格? 手を抜いてただろ?」
「あらら、男の子のプライドが傷ついたかな?」
「僕はお前の本気を引き出せていないはすだ」
カベイラは終始手を抜いていた。
複合魔法の不意打ちで吹き飛ばせたのも本気ではなかったからだ。
「そうだね。でも本気を出すと君死んじゃうよ?」
「それはこっちの都合だろ」
「いやいやいや! 君死にたがりなの? まあ僕は君を殺さないって決めたんだ。理由はそれだけさ」
「まあいい。もう疲れた仲間も休ませたいし帰っていいか?」
カベイラがキョトンとする。
「あはははは! 本当に面白いね! いいよ、送ってあげる。君もう限界でしょ? それと最後に……」
カベイラが耳に口を近づけ囁いてくる。
「僕は君と結婚することに決めたよ」
衝撃の言葉を聞いたからか、目の前が暗くなっていった。





