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第140話 お祈り

今、目の前には背中から翼を生やした人間のような像がそびえ立っている。

 その前に膝をまげ、片足をついて両手を合わせ祈るようなポーズを取る。


「神のご加護を……」


自身の今の姿を俯瞰で見れるなら、さぞかし熱心な神の信者に見えたことだろう。

 実際は無神論者なのだが……まあ異世界ということで神が本当に姿を現すかもしれないので、公に吹聴することはしない。

 ちなみに、父や姉妹達は神を信じてはいるが、熱心な信者ではない。この世界には神の逸話が多々あり、魔法なども相まって真実味が高いように感じる。

 実際に見るまで神を信じる気はないが、見たとしても信者になる気はない。もしそれが邪神のような類のものだったら目も当てられないからだ。



お祈りも終わり、この教会に来た”本当の目的”に向かう。


「シスター・スーザン……お勤めご苦労様です」

「あら先日の、確か……」

「アシム・サルバトーレです」


先日屋敷に来て聖女を連れて行こうとしたシスター・スーザンに接触しにきたのだ。

 前回名前は名乗ってくれなかったので、ユーリが調べていた。

 当の本人は名乗っていなかったことも覚えていないようだが。


「アシム様ね、本日はお祈りですの?」

「はい。それにお布施とシスターにお話がございましたので」

「いいでしょう。こちらで聞きましょうか」


スーザンは教会に設置されたベンチを指し示す。どうやら信者の話を聞くのもシスターの役目らしく、離れた場所にシスターと話している信者の姿が数名見受けられた。


「まずはこれを。残りは帰りにお布施させていただきます」


金貨が数枚入った袋をスーザンに渡す。これはチップみたいなもので、スーザンの懐に直接入る金になるのだ。

 一般の平民ではこのようなことはできないので、貴族が何かしらの理由があるときに行われている行為らしい。


「では遠慮なく。お話とはなんですか?」


お金の力は偉大らしく、口調が柔らかくなった。


「最近教皇様の良くない噂を耳にします。シスターは何か聞いてたりしませんか?」

「教皇様のことですか……最近は忙しいとしか伺っていませんね。それが何か?」


こちらを訝しげな眼で見てくる。こいつは何を探ろうとしているのかと。


「いえ、私も教皇様の姿を見なかったもので、そこにご病気ではないかというお話を耳にしたものですから」


スーザンの眉が少し吊り上がる。


「病気? そのような話をどこで?」

「貴族同士の話でですよ。誰がとは流石に言えませんが、貴族は情報に鋭いですからね。信憑性はあるのではないかと思っています」


この言葉に少し考えるような素振りをして返答が返ってくる。


「だとしても、私たちは教皇様の健康を祈ることしかできないわよ?」

「カトリーナ様をご存知ですか?」


カトリーナの名前を出して反応がないか観察する。ここで動揺を見せるようならば、何かしらカトリーナに対してあると思っていいだろう。


「ええ、女性唯一の枢機卿ですわね」


表情に変化が見られないので関係ないかもしれない。


「どのような人物なんですか? 女性で唯一ということは特別な方とか?」

「ええ。姿を見たのは数回程度ですが、聞く話によると評判がよく信者の良い見本となるような人物らしいですわよ」

「具体的には?」


教会内に流れている情報を聞くのは重要なことだった。普段どのレベルで情報が流れているのか、カトリーナは情報操作を行っているかなど敵を知ることができる。


「孤児がいれば積極的に保護をしていますし、貧しい地域で炊き出しを行ったりと奉仕活動に積極的ですわね」


当たり障りのない情報ばかりだった。特に大きな功績を広めるといった工作は行われていないようだ。


「カトリーナ様は地道な活動の末枢機卿になられたのでしょうか?」

「もちろん日々の行いが良いことは評価されているけど、一番は聖遺物である聖人のローブを発見したことね」

「聖人のローブ?」


教会には聖遺物と言われる物があるのは知っていた。学園の授業で習うのが、『聖杯』(せいはい)『聖櫃』(せいひつ)『聖愴』(せいそう)の三種の神器といわれるものだ。


「ええ、有名な三種の神器は聞いたことあるわよね? 教会にはそれ以外にも聖遺物があるの。その中の一つとして聖人のローブがあるわ。かつて信者の中で最も神に近づいた人物が身に着けていたとされるローブよ」


カトリーナは教会の威信を高める発見をして権力を高めたようだ。


「聖人ということは、神の道具でなくても聖遺物になるんですか?」

「ええ、神の影響を色濃く受けたものとして聖遺物になるわ」


現在聖人と言われる人物はいない。聖女とどう異なるのかわからないが、聖人と言われる人物は歴史上一人だけだったらしい。


「カトリーナはそれをきっかけに位階を上げたのですね?」

「そうね。聖遺物を発見するということは神に愛されている証拠ですから、次期教皇もありえるのではないかしら?」


実績が十分なのに教皇から指名されないということに不満を感じているのだろうか……だから現教皇に不満を溜めているということも考えられる。


「凄い人物ですね、興味が出てきました。良ければ面会など出来ますか? カトリーナ様のお話を聞くことができればもっと教会の力になれると思いますので」

「そんな簡単に会える人物ではないわ……と、いいたいところだけど、実はカトリーナ様からアシム様とアダン様への面会の要請がきているわよ。この前のことを報告したら会いたいと言っていたらしいわ」


どうにかこちらから探りを入れられないかと思ったら意外にもあちらから会いたがっているらしい。


「教会新設のことですか?」


恐らく違うだろうが、察しが悪い子供を演じておく。


「何も聞かされていないけど恐らく、聖女様の現状を確認したいのではないかしら? 面会の場所もあなたの屋敷にという指定だったから、聖女様への面会も兼ねているのではないかしら?」


スーザンが教会新設と聖女の話を上へ報告したことがきっかけで、敵方のボスと接触できるようだ。

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