第137話 教会事情
シスターが帰った後、ユーリは尾行してそのまま寮へ、自身は聖女と話すため部屋に向かった。
エリゼが聖女ことサリアのいる部屋をノックして俺の来訪を告げる。
「どうぞ」
入室の許可が出たので中へ入ると、純白のベッドで上半身だけ起こした女の子がこちらを見つめていた。
「アシム様。こんな状態ですがお許し下さい」
体の半分が毛布に隠れている状態で頭を下げるが、その所作には育ちの良さを感じる。
「いえ、聖女様は病み上がりですので気にしないで下さい」
「聞かれたのですね……私のこと」
保護した時は碌に話せなかったので、名前とヴィーナのことしか聞けていなかった。
「はい。あれから調べさせて頂きました。なので、先ほど聖女様を迎えに来たシスターにはお帰り頂きました」
サリアは驚いて目を見開いた。
「もしかして、私のせいで教会と対立してしまいましたか?」
焦ったような声で、それはダメだと視線を送ってくる。桃色の髪に映えるような青い瞳に鼓動が早くなるのを感じる。
「大丈夫ですよ! むしろ味方になってくれました。ちゃんと教会側も納得してあなたのことを任せてくれましたよ」
「それならいいのですが……」
まだ疑いの目を向けてくる。だが、金で買収したと言ったら重荷になってしまうかもしれないので言えなかった。
「僕が聖女様のファンで、神について語り合いたいと駄々をこねたら困り顔で許してくれましたよ!」
「ふふっ! シスターを困らせたんですか?」
金にがめついシスターが子供の駄々を相手にするはずはないが、幸いサリアは相手を知らない。
「相手は聖職者ですからね。泣く子供から無理やり取り上げるなどできないでしょう?」
「悪い子ですね」
歳は聖女の方が上だろうが、まだ少女のようなあどけなさが残る顔で言われると、背伸びをしてお姉さんぶっているように見える。
「体調はどうですか? よろしければ少しお話をしたいのですが……」
詳しく聞くために断りを入れる。
世話をしていたメイドからは、風邪が治って十分休養を取っているので問題ないはずと報告を受けている。
「はい。私からも話さなければと思っていました」
「そうですか、それでは飲み物を用意させますね」
外で待機させておいたメイドを呼びつけ、温かい飲み物を用意させる。
「それでは、何故あの洞穴に倒れていたのか話せますか?」
「はい……」
聖女サリアから聞いた話では、概ねリーゼロッテから聞いた内容と一緒だった。
教会の権力を握りたいカトリーナがサリアを排除しようと動いたとのことだった。
「それを勘付いたヴィーナが守ってくれたと……」
「はい、教皇様の様子がおかしかったので、調べていた矢先でした」
聖女が俯きながら目に涙を浮かべる。
「教皇様はどうしたんですか?」
「教皇様は……日に日に弱っていく姿が痛々しく、ついにはベッドから起き上がれなくなってしまいました。調べていたというのは、どうも教皇様の周りの人間が急に異動になって、お世話係など全ての人間が変わってしまったことです」
教皇様が体調をおかしくしてしまった時期と、周りの人間が総入れ替えになるのが偶然とは思えない。
「どうやら、食事の中に遅効性の毒が混ぜられていたようです」
「遅効性の毒?」
ゆっくり教皇様を排除しようとしている。考えられるのは……
「そこまでわかった時にカトリーナから刺客が送られてきました。こちらが探っていることはバレていないようでしたが、教皇様を抑えた今は、最大の障害である聖女という存在が邪魔だったようです」
「そうですか……教皇様をなぜ遅効性の毒で殺そうとしているかわかりますか?」
暗殺などを行わず、ゆっくり殺そうとすることに疑問を感じたので質問してみる。
「すみません。そこまで調べられなかったのですが、予想はつきます」
「予想?」
「はい……まず、カトリーナの目的は次期教皇になることです」
ここまでは今までの話から推測できる。
教皇になるために聖女を廃除するなど、必死さを十分感じる内容だ。
「次期教皇になるには、現教皇様に指名されなければなりません。しかし、カトリーナは教皇様に指名されないと考えていると思います」
「と、いいますと?」
カトリーナという人物は、次期教皇を目指せるほど教会内で上位の立場なのだろう。
しかし教皇様に指名されないということは、他のライバルに勝てないかもしくは……。
「教皇様はカトリーナを良く思っていません。そして、教皇様の指名する可能性が一番高いと判断されたのが私なのだと思います」
どうやらカトリーナは認められていないようだ。そして、若いながらも聖女として称えられているサリアが有力視されていた。
「ということは……現教皇様が次期教皇を指名してしまう前に殺害を計画したのか!」
「そうだと思います」
「証拠は掴みましたか?」
ここは非常に重要である。決定的な証拠があるならば王家へ直接談判できる。
「いえ、毒を混入させる現場を押さえる必要がありますが、それもトカゲの尻尾切りをされるのが関の山かと思われます」
「密書はないですか」
写真などがないこの世界で一番の証拠になるのは密書などの文書だ。筆跡鑑定技術はあるようなので、それを手に入れるのが手っ取り早い。
それ以外となると、騎士団や王家に仕えている治安維持部隊に現場を押さえさせるか、それなりの身分の人物が同じように現場を押さえる必要がある。
「密書はみつかっていません」
「なるほど……」
少し考える。密書がないということは、その実行犯とは口約束で報酬などを決めている可能性がある。
もしくは違う形で与えているか。このやり方は証拠を残さない代わりに、口約束になって結局報酬をもらえなかったり、怪しいお金の動きを捉えられる可能性がある。
「何か思いつきましたか?」
「とりあえず、できることからやってみましょうか」
聖女であるサリアの瞳を見つめ、心配させないように力強く返事をする。
 





