第125話 逃避行
「サリア様こちらへ!」
激しい雨が打ち付ける中、私は呼ばれたほうへ必死に足を動かす。視界が悪く、1メートル先もよく見えない中動き回ると体力の消耗が激しい。
「きゃっ!」
疲れが影響したのか足がもつれ泥の中に転んでしまった。
「サリア様お怪我は!」
護衛のヴィーナが駆け寄ってくる。自身の服が汚れてしまうのも構わずにこちらを起こしてくれる。
「大丈夫よ、急ぎましょう」
今は服の心配をしている時でないのは重々承知だ。だが、何故か別のところへ意識がいってしまう。
この状況が現実味を帯びていないと感じているのだろう、今も頭の中は昨日までの幸せな日々が駆け巡っている。
「どう……して」
「サリア様……」
少しずつ進めていた足も止まり、その場でひたすら雨に打たれる時間が続いた。
永遠にも感じたその瞬間もヴィーナの冷え切った手が私を現実へ連れ戻す。
「行きましょう! ここで倒れては教皇様を助けに行けなくなります」
「ええ」
頭では理解していても足が動かなかった。
すると、ふわりとした浮遊感の後に頼もしい温もりを感じた。
「うぅ……」
ヴィーナに背負われた私は堪えきれずその背中で嗚咽を漏らす。それに対して何も反応せず、ヴィーナは疲れているはずなのに黙々と足を進める。
それが余計に私の心を抉ってくる。今は何も言わず歩き続けることだけを行うべきだとわかっていても弱い心が顔を覗かせる。
もう手遅れだと、このまま諦めて楽になってしまえと、まるで醜い獣が住み着いてしまったかのように黒い感情が心を満たしていく。
「サリア様……私は幼い頃教皇様にこの命を救って頂きました」
ヴィーナが独りでに喋りだす。その言葉は私に向けられていると同時にヴィーナ自身にも言い聞かせているかのようだった。
「教皇様に助けていただいた時も今と同じように雨の降る夜でした。人さらいにあった私は運ばれる途中で捨てられました」
ヴィーナの過去は聞いている。普通の村娘だったヴィーナはある日村に立ち寄った商人に目をつけられ、お金で娘を売らないかと両親に迫ったのだ。
ヴィーナの両親は貧しいながらもその申し出を断った。
しかし、商人は小さな女の子を攫うという最悪の選択を取ったのだ。
「なのでこんな雨の日になると思い出すのです……今も私の心の中に教皇様が居て、隣で支えて下さっているのです」
教皇様の優しい笑顔が浮かぶ。
あの人はなんの縁もない私を教会に受け入れてくれた。
大事に育ててくれ、私を聖女と言われるまで大きくしてくれた。
「必ず助けましょう」
ヴィーナのその言葉を最後に私は気を失った。





