第113話 嫉妬
モリトン・ヴァルデックは、目の前の光景が信じられなかった。
火の精霊と対等に渡り合う人物が現れるとは、夢にも思わなかったことだ。
精霊は自分の言うことは聞かない、それはもちろん百も承知である。
この精霊と契約を交わしているのは、モリトンではなく兄のアイデンなのだから。
火の精霊の凄さは沢山見てきた、兄がある日突然強くなり、周りの大人達をバッタバッタとなぎ倒していったのだ。
今まで歯の立たなかった剣や魔法の家庭教師ですら圧倒していた。
家庭教師はそれなりの実績がある元軍人や、騎士団の経験があるもの、又はハンターと活動している人物が貴族相手に飯のタネとしてやるため、一定のレベル以上はあるのだ。
モリトンはいつかは大人達より強くなってやると思っていたが、兄がそんな次元にいないことを理解はできなくとも、なんとなく感じ取っていたのだ。
そこからの兄は、モリトンにとっての憧れで、最大の目標だった。
いつかは兄と同じ精霊と契約する者になり、一緒に肩を並べ、王国最強の兄弟と呼ばれることを考えていた。
その矢先、兄の口からアシム・サルバトーレという名を聞くことになる。
その者はモリトンと同じ年齢でありながら貴族の中で噂になり、次期公爵だという者まで現れたのだ。
最初は半信半疑だったが、日が経つにつれその噂はどうやら本当だということが分かり始め、激しい嫉妬を覚えた。
正式に発表されているわけでもないのにその者は皆から一目おかれ、話題の中心になっている。
しかしモリトンは分かっていた。他には聞いたことのない精霊という力を使いこなす兄が最強であることを、その弟である自分が同じ年代の子供に負けるはずないと。
学園へ入学して噂のアシム・サルバトーレを目にする。
見た目は何も特別なところない、身なりの整った貴族といった感じだった。
実技の練習でも2属性を高いレベルで扱える者はなく、自分が優秀であるということを肌で感じ始めていた。
そしてつい先日、兄がアシムのことを聞いてきたのだ。そこでモリトンは噂ほど大した奴ではないと兄に報告するが、どうやら信じていないようだったので、自分から戦いを挑むことを進言した。
その考えに兄も賛同し、自分の精霊を貸してくれるほどだった。
兄からの期待と捉えたモリトンは、精霊を使える自分が負けるはずがないと信じていた。
しかし、今目の前で見ている光景は、その考えが間違っていたと雄弁に語っていた。
「どうなってるんだ」
大の大人でも勝てなかった精霊の力に、真っ向から向かっているアシム・サルバトーレの姿がモリトンの目に焼き付いていた。





