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LIFE 〜「私」の人生の最高の物語〜  作者: け〜とら
天海 黒月
4/4

天海 黒月と「死神」ー 3 ー

  「 ーーでは、改めて名乗らせて頂きます...。私は貴方様をここに連れてきた"張本人"であり、この場所の"創造主"。そして、貴方様の"死神"です...。私の事は...そうですね......。...死神、とでも呼んでください。」


   少女は感情のない声で言い、微動だに変わらない無表情な顔でそう言った。


  「 ーーーーー。」


 それに対して、黒月は何も返答できなかった。

 彼女が今、口にした言葉が黒月のこの現状を理解させる事に必要な情報で、黒月の質問に対する適切な解答なのかもしれない。

 そうであるのだろうが、黒月の中でイメージしていた状況よりも遥かに壮大な答えであった為、黒月の頭では情報処理が追いつかず、思考回路がショートし、ただ固まる事しか出来なかった。


  「 ? ...黒月様?如何なさいました?」


  「 え!? ....あ、えっと...うん...あれ?....どういう事...?」


  彼女の呼びかけで何とか我に帰るも、理解する事は出来なかった。


  「 君が...えっと....この場所を作った?」


  「 はい。そうです。」


 「 それで、この場所に俺を連れてきた?」


  「 はい。」


  「 君は...俺の....死神...なんだっけ?」


  「 はい。その通りです。」


  「 ーーそれ全部、俺をからかったりする為の嘘だったりする? 手の込んだ悪ふざけとか?」


  「 いいえ。違います。」


  「 .......うん。...そっか。......えと、どういう意味?」


  「 言葉通りの意味ですが?」


  少女は真顔で言った。真顔で言い切った。

 彼女の正体が、この場所の"創造主"でここに黒月を連れてきた"張本人"。

 それでいて。黒月の"死神"?

 与えられた情報を何とか拾い集めて整理し、あらゆる思考で考えてみる。

 が、まるで信じるに値しない。デタラメを言っているようにしか思えなかった。

 それもそうだ。こんな話絶対に信じない。

 この場所を創ったという証拠も無いし、黒月をここへ連れてきた意味も黒月がこんな所に連れてこられるような心当たりも全く無い。

 そして、彼女が死神だという所にも全然納得できない。

 あくまで黒月の中のイメージではあるが、死神というのはもっと恐ろしく、気味の悪いものであるべきだと思っている。

 しかし、彼女はそのイメージとは対比的で全く恐ろしさとか気味の悪さなんてのは感じられない。

 まぁ、自分の顔と同じ顔をしているという点に関しては未だに恐怖を覚える。

 普段であれば絶対に信じない。信じるに値する根拠も理由も無い。

 ーーだが、"今"は信じるべきだと思った。

 理由は二つある。一つは、彼女が黒月にとって何か「特別」な存在であると黒月は思っているから。

 二つ目は、彼女の話を信じることで、彼女からの信頼を得るためだ。そしてこれが、最も重要な事だ。

 なぜなら彼女はこの場所の創造主であると言う。

 もし本当に彼女がそうであるならば、彼女はこの居心地が最悪のこの場所から出る為の出口も知っているはずだ。

 彼女から出口を聞き出し、あわよくば出してもらえるようになれば、この状況を打開する手立ては幾らでもあるはずだ。

 逆に、彼女からの信頼を得られなければ黒月は一生この場所に監禁されるという最悪の可能性も有り得る。こんなとこで一生を終えるのは絶対に嫌だ。

 黒月は軽く深呼吸をする。新しい空気を吸い込んで、胸の中の不安と頭の中の疑念を体内の空気と共に吐き出す。

 早くなる鼓動は治まり、徐々に思考は冴えていく。

 完全にとはいわないが、とりあえず"信じる"という選択の迷いは無くなった。


 「ーーとりあえず分かりました。...信じます。それで、死神...さん?でしたっけ...? ここは何処(どこ)です? そもそも、この場所って何なんです?」


 「 ここは、貴方様を迎え入れる為の場所です。それと、貴方様を送り出す場所でもありますかね? ...まぁ、歓迎場所と送迎場所とでも思って頂けると良いかもですね。」

 「 本来であれば黒月様をお迎えする場所なので、黒月様にお気にいただけるような場所を創りたかったのですが...生憎、私は黒月様の好みが分かりませんでしたので、誠に勝手ながらではありますが、私の"趣味嗜好(しゅみしこう)"に合わせて創りました。」

 「 初めての設計、建築、デザインではありますが...私の中では"非常に満足のいく出来"となっております。...どうですか? 中々、悪くないと思うのですが?」


  「 ...え?...... この場所が...?...趣味? ......えっと..........そーですかぁ.....。」

 「 ....へ、へぇー...。ここが...趣味......。」


  「 ........何か言いたげですね? ご不満でしたか?」


 「 え!? いや!? .....いい...と..思いますよ...? ...その、凄く独創的というか...唯一無二と、いうか......ははは。」


 死神の言の葉や顔にも感情の色はないが、言い方のニュアンスとして何か不服そうなものと受け取るが、流石に黒月はこれに賛同できない。

 一応、適当な世辞(せじ)を言い死神を(なだ)めるが、本音を言えばこの場所が趣味だという死神には心底悪いと思うが、流石に"悪趣味"だ。

 近くで見ると、血でも塗りたくったのか?と錯覚するような赤黒さをもつ壁や床、足下に闇が(まと)わりつくような薄暗さと毒キノコでも生えてそうな湿気の悪さ、喪服のように真っ黒な衣服に身を着込んで通路の端に隙間なく並べられた不気味な西洋人形の群れ。

 どれも黒月には印象としては今だに最悪だ。致命的なセンスの欠陥としか言いようがないし、例えようもない。

 少なくとも、猟奇的な思考を持つ人間の方がまだマシな感性を持っているのではないかと思える程にこの場所は最悪だった。決して本人には口が裂けても言えないが...。


  「 ーーはぁ...。まぁ、いいです...。それよりも...黒月様。」


  「 え?あぁ、はい?」


 「 貴方様をこの場所にお連れしたのは他でもありません。ーー貴方様に"お願い"があります。」


  「 俺に...お願い?」

 

  「 ええ。そのお願いの為に貴方様をこの場所までお連れしました。」


  話の本筋に入ったようなので、いよいよいだと黒月は姿勢を正す。


  彼女は外套に手を入れ、(ふところ)から何かを取り出し黒月の目の前に出す。


  「 それでは、まずは"コレ"を...。」


 黒月が渡されたのは一冊の「本」。その本は"真っ黒"な本だった。

  装丁はもちろん、(ページ)の一枚、一枚も真っ黒に染め上がっていた。

 けして薄暗い場所だから黒く見えているわけではなく、ランプでしっかり照らしてもその灯りを呑み込むほど深く、黒い本だった。


 「 あの、この"本"は...一体、何の本なんですか?」


  「 ーーーーーーーーーー。」


 「 あれ?......あの?」


  「 ーー。貴方様には、それが本に"見える"のですか...。なるほど.....。」


  「 え?......それは、どういう?」


  「 いえ、ただの独り言です。今のはお気になさらず...。」

  「 その本...でしたか? それはこれから貴方様にお願いする事にとても必要で重要になる代物(しろもの)です。」


  「 ....この、本が...?」


  「 はい。その"本"と"貴方様の存在"が、私には何より必要でした.....。」


  「 ...えと...もしかしてそれが、俺をここに連れて来たっていう理由...なんですか?」


  「 はい。 その通りです。」


  「 そう、ですか。...それでこの本...。一体、何に使うんです?...読めばいいとかですか?」


  本の頁を開き読もうとしてみるが、頁自体も真っ黒に染め上げられていて、何が書いてあるのかさえ分からない。

 そもそもこの本、手に取ったはいいがどこか不気味というか不吉な感じがしてたまらない。

 持つと生気を吸いとられていくような気持ちになってくるし、なんだか嫌な気分のする本だ。


  「 その本は持っているだけで構いません。貴方様が持っているだけで、その本は"機能"されます。」


  「 そ、そう...持っていればいいんだね。...うーん......でも.....ど、どうしても持ってないとダメだったりする?」


 「 はい。絶対に持ってて下さい。機能しなければ意味がないので...。」


 「 ......そ、そんなに大事な本なんだね。...正直、嫌だけど...分かったよ。えと、それで死神さん? 例のお願いっていうのはどういうので?」


  「 あぁ、そうでした。それでは、お願いなのですがーー」


 「 うん。」


  「 ーーあるモノを"殺して"頂きたいのです。」


 「 ころ...は?」


 彼女の言った言葉を受け止めて、黒月の思考は止まる。


 「 厳密に言えば少々、異なるのですが...黒月様? どうされました?」


 「 あの...死神さん? .....今、なんて言いました?」


 「 ?」

 「 聞こえませんでしたか? あるモノを"殺して、始末"してほしいと言いました。」


 先程もはっきりと聞こえていたし、理解もしていたが、二回目もはっきりと聞き、そして理解した。

 その上で今度は自分の正気を疑う。


 「 あの、少し失礼します。」


 そう言って自分の頬を叩いたり、(つね)ったりしてみる。痛みは感じるので夢では決してない。

 死神は本気で黒月にそんな事をお願いしているのだ。


 「 あの...冗談ですよね?流石にそれは、冗談でも言っていい事じゃありませんよ?」


  「 私が冗談を言っている風に貴方様には聞こえましたか?」


 「 っ!......それは....。」


 彼女はずっと真顔だ。彼女には感情というものを感じられない。

 しかし、彼女のあの時言ったお願いは本気だった。黒月には確かにそう感じた。

 しかし、その真剣さが黒月には信じられなくて、恐ろしかった。


 「 それで...私のお願い聞いていただけますか?」


 「 ...............。」


 応えることは出来なかった。応えたとしても黒月には殺しなんて絶対に出来ないし、やりたくなんてない。

 彼女の眼には黒月がプロの殺し屋か、シリアルキラーにでも見えたのだろうか?

 生憎と黒月は殺しが出来るような人間ではない。

 それどころか、相手を殴りつける勇気も度胸もない。

 世が世なら、「軟弱者っ!!」と罵られるぐらいには黒月は甲斐性なしだ。その自覚が黒月にはある。

 ーー卑屈で臆病で消極的な小心者。

 それこそが天海 黒月だと、張る必要のない胸を張れるほど、押す意味の無い太鼓判を押せるほど、黒月には自身の小物さには自信があった。(とても寂しい気持ちにはなるけども...。)

 優れている部分があるのならば、皮肉な事に容姿ぐらいだ。そんな黒月にどうして殺しなんて大それた事が出来るだろうか?

 断言できる。黒月に殺しは絶対に出来ない。

 しかし死神のお願いを断れば、自身の安否がどうなるかなんて分からない。かといって、出来ない頼み事を承諾する訳にもいかない。

 だから考えて考えて、数分の沈黙の後、黒月は決心して、恐る恐ると口を開いた。


 「 ..........あの...。」


 「 はい。」


 「 ーーすみません。そのお願いは聞けません。」


 「 ーーーーーーーーーーー。」


 彼女は何も言わない。その事に黒月は内心とても穏やかじゃないが、言った言葉はもう呑み込めない。

 構わず黒月は話を続ける。


 「 ...なんで俺なのか? っていう疑問ももちろんありますが、だ、第一に殺しなんてのはお願いしていいものじゃないと思います...。」


 「 ーーーーーーーーーーー。」


 「 ...そもそも、俺には人を殺す知識も技術も度胸もありませんし、そんなもの欲しいとも思いません。この本がもし、そういうモノなら俺には必要ありません。死神さんに返します。」

 「 もっと他に、適任者がいると思います。...なので、その、俺はもう...お役御免と...いう事で...図々しいとは思いますが...出口まで案内してもらえませんか?」

 「 もちろん! さっき、死神さんが言った事もその内容も他の所に一切口外しませんっ! なので、俺をここから出させて頂けませんか?」


  言うことは全部言った。我ながらではあるが、本当によく言ったものだと感心するほかない。

 思いのほか自分にも度胸はあるものだなと感じて、安堵したものだ。

 彼女には本当に申し訳ないが、殺しなんて犯罪行為の片棒を担ぐ事など到底無理な相談だったのだ。寧ろ断る黒月の方に正当性がある。

 しかし、黒月はここで大きな見当違いをしていた。思い返す事があればきっと"後悔"しかない。

 自身の間抜け具合にきっと、ため息がこぼれ出るくらいだろう。

 ーー正常な思考を持っていれば、この状況で、こんな場所で、彼女の前で、頼み事を断る事など出来やしないのだ。

 改めて言うが、この場所は最悪だ。マトモな感性や思考を持った人間が創造できるとは到底、思えない場所だ。

 そんなマトモじゃない感性と思考を持った人間が存在するのなら絶対に"マトモじゃない"。

 黒月の前にいる彼女、「死神」はここを趣味嗜好で創ったと言った。

 ならば、きっと、彼女はーー。


 「 ーーーーーーーーーーーはぁ...。」


 黒月が彼女に本を差し出し返そうとしたその時、死神はほんの小さな、見逃してしまいそうなほど小さなため息を一つ吐いた。

 たった一つの小さなため息。そのため息が黒月の耳に入る。

 そして、入ると同時に黒月は奇妙な"感覚に襲われた"。


 「 ...........?」

 「 ...ん、え、えっ?、な、何だ?」

 「じ、じ、地面が...ゆ、ゆれ...て...る...?」


 その揺れは大きな揺れだった。足には力が入らず、気を抜けば今にも倒れてしまいそうな程の揺れだった。


 「 ...し、しに...がみっ.....さんっ! ...だ、だい.....じょっ.....!」


 揺れはとても大きく、黒月は呂律(ろれつ)が上手く回らないほど震えていた。

 あまりの揺れの大きさに異常と危険を感じ、黒月は震えた声でも急いで死神に呼びかけ、安否を確認する。

 しかし、彼女は揺れの被害にはあってない。寧ろ何事もないように立っていた。

 それは彼女だけではなく、周りの人形達、上に吊るされているランプもこの揺れには巻き込まれてはおらず、綺麗な配列のままでいた。

 それを見て黒月は自身だけが揺れている事を理解した。しかしなぜ、黒月だけが揺れているのか?

 答えは体から流れる尋常じゃない冷や汗、背筋が凍りつく感覚、鳥肌、大きな揺れと錯覚するほど痙攣する手足が教えてくれた。

 ーー揺れなど起きてはいなかった。黒月の感じたこの震えは全て、黒月自身の体から出る震えだったのだ。


 「 ???」


 なぜこんなにも震えが止まらないのか分からない。原因があるとすれば、彼女の小さなため息か?

 あのため息を吐いた瞬間、死神の雰囲気はガラリと変わった。

 おそらく、知らずの内、無意識化で黒月は死神の変化を感じ取り、生物としての絶対的恐怖を植え付けられていたのだ。

 今、体に起きている様々な異常は、細胞レベルで黒月が彼女に恐怖している。その事実の証左だった。



 「 ーー仕方ありませんね。話で済むならそれがいいと思っていましたが、どうにも私には交渉というのは向いていないようです。」

 「 ここまでお膳立てしたのに、お願いを断られては...はぁ...。本当に仕方ありませんね...。結局こうなるとは薄々分かってはいたのですが...本当に...しょうがないですね...。もう、ここはーー」


 瞬間、死神の姿が黒月の目の前から突如として消える。

 どこへ行ったのか黒月は消えた死神の姿を探すが、数秒も経たずにその行為は無駄な行為となった。

 死神は黒月の目前に突如として現れる。

 現れた死神を黒月は目で捉えると、彼女は右肘を後ろに曲げて右手拳を固く握っていた。

 一体何をするのか? 何をしようとしているのか? 黒月には分からない。

 理解も間に合わないまま、それは"実行"に移る。


 「 ーー実力行使といきましょう。」


 そう言って、死神は後ろに伸ばしたその右手拳を黒月の腹部に風切り音を鳴らして打ち込む。

 そして、打ち込んだ拳は黒月の腹部に見事に命中。

 しっかりとめり込み、腹部はミシミシと音を立て軋み、悲鳴を上げる。


 「 がっ!!」


 打撃を受けた黒月は苦鳴を上げて、何が起きたかも理解できず、通路の奥へと吹き飛んだ。

 真っ直ぐ射った矢のように、撃鉄を弾いて撃ち込まれた弾丸のように、黒月の身体は凄まじい速度で通路の奥へ奥へと飛ばされる。

 身体は言うことをきかない。それどころか、腹部から走る鈍痛のせいで痛みに必死に耐えて苦しむ事しか出来ない。

 なので身体は受け身もとれず、徐々に、徐々に高度を下げて、無防備な背中や足、後頭部が硬い地面へと、ついに激突した。


 「 うっ!! がっ! あぁ...!!」


 まず始めに後頭部が着地。

 強い衝撃と痛みが黒月の脳髄を叩く。耳鳴りと視界の明滅が()まないし、止まらない。

 次に背中。

 当たり所が悪く、ぶつかった瞬間、体中に電撃が走る。

 その電撃(いたみ)に叫ぶことも喘ぐことも出来ず、肩甲骨を硬い地面が勢いに任せ無情に削る。

 他に肘、(もも)、指先に足先、臀部(でんぶ)、数え切れない身体の箇所を地面で削られ、皮膚は剥がれて肉を削ぎ、固い地面と擦り合わせて完成された痛みは筆舌に尽くし難い火傷(げきつう)だった。

 赤く鮮やかな血液、出処不明の透明な体液が黒月を飛ばされた場所までを知らせる(わだち)のように飛び散っていった。

 勢いが止まったころには、身体は言う事を聞かず、今にも死に体。

 ボロ雑巾、動かぬただの肉塊、例えなどなんでもいいがとにかく、これから生存できる見込みは到底ない状態に成り果てていた。


 コツコツコツ


 止まない耳鳴りの中に硬い地面を叩く音が微かに響く。

 その音に背筋が凍りつく。

 震える身体がないのに身体が震えていると思うのはきっと、彼女に恐怖を刷り込まれたからだろう。


 コツコツ


 来る、来る、死神が、来る。


 コツ


 「 力加減が上手くできていませんでしたね。思い切り殴ってしまいました。申し訳ありません。」


 「 ...う、あ.....あぁ......。」


 「 ーー酷い状態ですね。加減が出来なかったとはいえ、これほど脆いものでしたかね? 人体は...。」

 「 まぁしかし、大丈夫ですか...。すでに"適合"は済んでいるようですし.....とはいえ、少し長話をし過ぎましたね。"時間になってしまいました"。」


 意識が朦朧(もうろう)としだして、耳も遠くなり、彼女が何を言っているのか黒月には分からない。


 「 ...た...しい..なし...は......う...。」


 段々、(まぶた)が重くなる。次第に力も抜けていく。

 体温が急激に冷えていくのが分かる。身体はいつしか氷のように冷たく固くなっていく。

 人が死ぬ時というのはこんな感覚なのだろうかと、朦朧とした意識の中、黒月はそう思った。

 しかし、冷たくなっていく感覚とは別にもう一つ何か奇妙な感覚を感じていた。それは腹部から。

 強烈な痛みとは別に、腹の中から身体全体へと巡って充満していく、例えるなら煙のような霧のような、「闇」と例えるのが適しているかもしれない。

 ぐるぐる、ぐるぐると体の中を廻り続けているようでその感覚は、どう表せばよいか分からないが、とにかく気持ちの悪いものだった。

 その感覚が何であったのか、その答えが分からないまま。気づけば、音もない、光もない、静かで暗い水底のような世界でただ一人、静かに目を閉じた。


 「 行って(逝って)らっしゃいませ。黒月様。」



 「 ね...ちゃ..ん...! ...ねぇ...ちゃ...ん! お姉チャンっ!! こっチ!こっチ!!」


 「 ったく! うるせぇな! そんな大きな声で言わなくてもちゃんと聞いてるよ!」


 「 こらっ!ラスっ! 言葉遣いっ! 乱暴な喋り方は良くないって、いつも言ってるでしょっ!」


 「 ぬぅ...。リズさんがしっかりし過ぎてるだけですよ! 丁寧な喋り口調とか優しい言葉とか...そういうのアタシには不要です!」


 「 またそんな事言って! そんな言葉で喋ってたら、子供たちが怯えちゃうでしょ! 大人の人からもいい印象は受けないだろうし...。」


 「 余計な心配ですよ! それより、ほら! おい!ガキ共! 勝手にソレに近付くんじゃねぇっ!」


 「 ほら、またそんな言葉遣いをっ!...もうっ! 」


 「 リズネェちゃん! ラスネェちゃんもこっち! ホら、こっち! こっち!!」


 「 コレ、死タイ? シ体って奴?」


 「 危険だから近寄らないで...! お姉ちゃん達が確認するから...。」


 「 .....どうにも死んでる感じでは無さそうっスね...。単に意識失ってるだけかと...。」


 「 ーーう、ううん...?」


 「 ...! 目ぇ覚ましたぞ...!」


 喧騒が耳に入り、クロツキは目を覚ます。

 そこはどうやら裏路地のようで、湿気った土の感触とひんやりとした空気を感じる。

 確か死神の一撃を受けて、瀕死状態になり、瞼を閉じて、それからの記憶がない。

 一体何が起こったのか、クロツキには分からなかった。

 しかし、先程までいたあの悪趣味な通路と違ってここにはとても嫌な感じはしない。

 今までの日常で感じていた、穏やかな感覚。

 身の危険が迫るような、背筋が凍りつくような、胸を掻きむしりたくなるような不安というのを一切感じない。


 「 ........も、戻ってきた.....?」

 「 でもなんで? 怪我は...? ......何ともない? じゃあ、ここはーー」


 「 よぉ...目が覚めて早々、ブツクサ喋ってる気味の悪ぃ兄ちゃん...?」


 「 え?」


 後ろから声がする。

 なのでクロツキは後ろを振り向いた。

 そこには四人、クロツキの前に居た。


 「 兄ちゃんよぉ? テメェどこからここに来た? まさか不法入国か?... いや、それはねぇか...。そんな事すりゃ、"女王"の雷をくらってる。それで、生きてる訳ねぇもんな...。」


 クロツキに話しかけてきた一人目は茶色の帽子を被った女性。

 帽子からはみ出る薄緑の髪と茶色の瞳が特徴的な女性だ。

 不機嫌な顔で、クロツキを睨みつけている。

 その睨みにクロツキは肩をびくつかせる。


 「 だから! 言葉遣いっ! それに、睨むのも止めなさい! すいませんっ! この子、普段はこんなに攻撃的じゃない子なんですけど...知らない人には警戒心が強くて...。」

 「 もう、普段見慣れないからってすぐに疑ったりするのはよくないでしょっ! それに、不法入国ならとっくに"魔道士"が動いてるわよ。」


 クロツキに謝罪し、帽子の女性を叱責する二人目は青い髪と青い瞳の女性。

 顔立ちや雰囲気から人の良さが滲み出る、なんとも爽やかで綺麗な女性だった。

 しかし、さっきからクロツキの元いた世界ではあまり聞き慣れない単語が飛び交う状況にふと疑問が()ぎる。

 それに、一人目の女性も二人目の女性も元いた世界では見慣れない髪の色や瞳の色ではある。

 おそらく、二人とも髪を染めたりはしていない。地毛だ。

 ーーこれは何か妙だとクロツキは感じる。嫌な予感がした。

 もしやここは、クロツキの元いた世界ではなく、"別の世界"なのではないか?と。


 「 姉チャン。生きてタネ! この姉チャン!」


 「 ネエちゃん? 兄チャンっぽくね?」


 そして、クロツキの予感は確信に変わる。

 青髪の子と帽子の子の陰に隠れていた二人の子供が顔を出す。

 その子供を見て、クロツキは絶句した。


 「 ん? ...なんだ兄ちゃん"獣人(じゅうじん)"を見るのは初めてか? あぁ、答えなくていいぜ。その顔を見れば分かる。」

 「 ...チッ! どいつもこいつも、ひでぇ顔で見やがる。ただ、獣耳(けもみみ)と尻尾があるだけだろ? 他は人間と何ら変わりやしないってのにっ!」


 「 ラス! 大きな声で言わないの! 誰が聞いてるか分からないんだから...。」


 二人の子供には本来、人間が持ち得ないものが肉体に接合されていた。

 時折、左へ右へと揺れ動く尻尾。

 前後左右に忙しなくぴょこぴょこと跳ねる獣耳。

 どちらも疑いようのない程、精密に精巧にごく自然に子供の身体に付着している。

 それはクロツキが別の世界、"異世界"と呼ばれるであろう場所にたどり着いたのだと確信するには十分な証拠だった。

 その事実に気づくクロツキは固まったまま、声を出すことも出来ず、目の前の非現実的な光景を焼き付けることしか出来なかった。



 「 予定通りとはいきませんでしたが、あちらの世界には到着したようですね。」


 「 ーーーーーーーー。」


 「 しばらくはコチラに戻っては来ないでしょうし、また手持ち無沙汰で退屈な時間になってしまいました。」


 「 ーーーーーーーー。」


 「 ......それで、貴方様はどうするのですか?」


 「 ーーどうもしない....。...まだ "俺の出番" じゃないだろうし、不貞寝でもしてるさ。"その時"が来たら動く。それまではあの愚か者の面倒はアンタが見てくれ...死神。」

 「 だが、壊すなよ? あの体がなきゃ、アンタの契約は果たせない。」


 「 分かってますよ。...信用ありませんね。今度は上手くやります。」

 「 では、その時が来たらお伝えします。」


 「 ............そうしてくれ...。」


 ーーアマミ クロツキ(天海 黒月)。龍の国 グリムローゼ。十三番街、グリムキッドに昼頃に現着。


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