天海 黒月と「死神」ー2ー
「 ーー君は... "天海 黒月" では、ないよね...?」
「?? 」
黒月の放った唐突で不可解な質問に、少女は首を傾げる。無理もない。
天海 黒月という名前は、黒月の本名だ。この問いかけは、自身が天海 黒月だという事を自覚して尚、相手に「貴方は私ですか?」と問いかけているのだ。
実に訳が分からない。頭がおかしいんじゃないのか?
自分という人物はただ一人だ。顔や性格が仮に似ている人物がいたとしても、その思考も表情、動きに発言、感情なんてのは、誰かが操作して動かしているラジコンのプログラムという訳では決してない。
その人、本来の「意思」という名のコントローラーで自分を動かしているのだ。
しかしーー、まじまじと少女を見るとやはり黒月の顔に瓜二つだ。
余談ではあるが、黒月は自分の顔が嫌いだった。というのも、黒月の"顔"と黒月の"性別''におけるズレが主な原因であった。
黒月は男である。心から体の構造は男性として区分出来る造形で黒月は生まれたのだ。
しかし、ちょっとした個人差として挙げれば、体毛が生えづらい、肌は白い、声が少し高い、そして顔が女性のようである、そういった差異はあった。
僅かな違いだと黒月は思って生きていたが、周りの印象は黒月の想像とは違った。
多少の勘違いや冗談ではあったのかもしれないが、そういう些細なトラブルが毎日のように続いて、黒月にとってのただの顔は気がつけば自身のコンプレックスの塊と化していた。
しかし、彼女は黒月とは性別が違う。見る限り、女性だ。自身も彼女のように女性として産まれていれば、もっと生きやすいだろうにと思うがそんな、ないものねだりをしたってしょうが無いと黒月は勝手に落ち込んだ。
「 ーーーーーーーー。」
まじまじと見ていたからか、少女が黙って黒月を見つめ返していた事に気づく。
そこで黒月もハッと我に返り、自身の彼女に対する不適切な発言を思い出す。
我ながらなんて馬鹿な事を聞いたのだろう? この場に自分がもう一人居たなら、殴り飛ばしていた。
「 っ! ごめんなさい! 変な事言いましたね!? 俺...。」
「まだ、ちょっと頭がよく働いていないみたいで.....。ははは...。」
ーーとにかく彼女に謝罪の意を示す。
それとなく場が和んでくれればと思い意味の無い愛想笑いを浮かべてみるが、彼女は何も言わないし返さない。
「ーーーーーーー。」
「....................えっと....?」
「 ーーーーーーー。」
少女は何も言わずにこちらを見ている。目は合っているのに、まるで黒月が透明人間になってしまったのかと思うほど、少女の目は空虚で満ちていた。
「 あの?」
「 はい?」
「 俺、今、見えてますか?」
「 ええ、見えていますが?それが何か?」
「 あぁ、それなら良かったです。いや、今そんな事はどうでもいい! 俺が言った変なこと結構気に障りましたか? その本当にすみません!」
黒月は再び謝罪の意を見せる為、今度は頭を下げる。
本当は土下座でもしようかと思ったが、それは彼女を更に困らせるだろうと思いやめておいた。
「 ーーいえ、特に気にしていませんよ。」
「 え? そ、そう...なんですか...? ...それは...あ、良かったです...。」
じゃあ、何で何も言わなかったのか?と黒月は不思議に思ったが、どうやら怒ってはいないようなので安心する。
もし、怒っていれば本当に土下座をしようと思っていたところだ。
自分で思ってて何とも情けないが、しかしーー。
途端に頭の中でふと、一つの疑問が浮かんだ。
それは黒月が胸中で安心した事で、浮かび上がったものだ。
ーー確かに、彼女がずっと黙っていたのも"妙"だが、なぜ自分は今、こんなにも落ち着いているんだろうか?
それは些細な違和感に違いないのかもしれない。大して気にするような事じゃないのかもしれない。
むしろ、さっきまであんなに緊張していたのに、リラックス出来ているなんていい事ではないか?とも思うが、それ自体が、"妙"であると感じずにはいられなかった。
本当にさっきまでの黒月は、この場所にいる事が酷く苦痛で、限界だった。
冷静に思考を巡らせなければ、頭がどうにかなってしまいそうなくらいに心から漏れだしそうになる絶叫をどうにか溢れないよう、必死に理性の蓋で押さえつけていたのだ。
そんな酷く不安定だった心の揺らぎが、今、彼女と会い一言、二言、言葉を交わしただけでさっきまでとは嘘のように感情の波が凪いでいた。
ーーさっきまで強ばっていた体さえも、嘘のように弛緩していた。
一人でいるより二人でいた方が何かと心強かったりするものだが、黒月は彼女とはほぼ初対面だ。
初めて会った人と一言、二言交わすだけで、信頼を抱いてしまう程、黒月は人懐っこいわけではない。
しかし少々、幻想的というか痛々しい考えかもしれないが、もし彼女は黒月にとっての何か「特別」な存在や縁で繋がっているのだとしたら? そんな事を考えてしまった。
だとすれば彼女の正体が気になる。彼女は一体、何者か? 黒月がおかれているこの状況に関係があるのではないか?と。
ありえない事ではない。寧ろ、ここまで顔がそっくりな事には何かしらの"理由"があると考えるべきだ。その方が納得できる。
「 ーーあの...!」
「 ........はい。」
だから意を決して、黒月は彼女に聞く。
不意に高鳴る鼓動を抑えて、何とか言葉を紡ごうと口を開くが思うように言葉が出ない。
なんて事はないただの質問をするだけなのに、不思議と舌が重い。
質問すら出来ない自分に歯噛みしたくなるが、今はそんな悔しさは後回しだ。
ーー言うぞ!言うぞ!と、自分の腹に気合いを詰めてようやく言葉に出す。
「 貴方は...誰...ですか...?」
言えた!と、それだけの事に謎の達成感に包まれた黒月は彼女の返事を待つ。
しかし、彼女はまた黒月をじっと見つめているだけだった。
「 .....................。」
ーー彼女は何も言わない。しかし、せっかく言えたこの問いを無駄にする訳にもいかず、何としても彼女からの返答が聞けるように黒月は次の言葉を紡ぐ。
「 ....あ...。 えっと...まずは自分から名乗った方がいいですよね? すみません...。気遣いが足りませんでした...。」
「 俺は天海 黒月って言います。それで....君は?」
「 ...................。」
「 .......あの...?」
それでも、少女は黒月の問いかけには答えない。黙って黒月を見据えている。
しかしその目は真っ直ぐ、黒月の瞳のその奥、その心の内を見通しているような、それ程の迫力があった。
時間にして数秒、大きく血のように赤い瞳をほんの僅かに細めてそれから一つの小さな、ほんの小さな息を漏らして、ついに彼女は口を開く。
「 ーー貴方様は...。」
「 "貴方様は私の事を覚えていらっしゃらないのですか?"」
「 ...........え.......?」
「 ...会った時から私に対しての目つきがまるで"別人"のようだと感じましたが...。まさか本当に覚えていらっしゃらないのですね?」
何だ?一体、何の話をしているのか?と黒月は困惑する。
それに構わず彼女はまた口を開いて、言葉を紡いだ。
「 ーーでは、改めて名乗らせて頂きます...。私は貴方様をここに連れてきた"張本人"であり、この場所の"創造主"。そして、貴方様の"死神"です...。私の事は...そうですね......。...死神、とでも呼んでください。」