素性
遅い昼食を食べた後に、早速、今後の調査予定を立てることになりました。
「まずはソルマンから帽子を拾った場所を詳しく聞き出すことだね」
シャカシャカとシチュー鍋を洗っている手元はそのままに、パルマおばさんの頭は目まぐるしく回転しているようです。
「でも、どうして森で消えた人間が、都になんかいるのよ? 帽子だけ、誰かに盗られたっていうことはないのかな?」
イレーネが食糧庫を整理しながら、当然の疑問を口にします。
麻子は飯台を拭きながら、今まで考え続けてきたことを話してみることにしました。
「イレーネたちには黙ってたけど、マクスさんは旧政府に関係してた人なんじゃないかしら?」
「旧政府ですって?! それじゃあ、都では敵だらけじゃない! 今や都はクーデターを起こした新政府の人間が牛耳ってるって噂だよ」
「……それで、山小屋に隠れてたのかね。でもどうしてアサコはそんなことを知ってるの? マクスから何か聞いていたのかい?」
二人が疑問に思うのはもっともです。麻子の方もよくわからないのですから。でも、こういうことになったのなら、二人には何もかも話しておいた方がいいでしょう。
「マクスさんは光月の一の日に都に行かなければならないって言ってたの。魔法のことを知ってたし。あ、イレーネが入れなかったあの洞窟のことだけど、魔法で結界が張ってあったんだって」
「……そうだったのか。変だと思ったのよ、なんか透明の膜みたいなのに遮られて奥に入れなかったもん。異世界人しか通れない道なのかなって諦めてたけど……魔法だったんだね」
洗い物がすんだパルマおばさんは、暖炉の側に置いてあるいつもの椅子によっこらしょと座りました。毛糸の編み物を始めるために、丸い銀縁の眼鏡を鼻の上にかけます。糸を針にかけながら、ふと顔を捻りました。
「魔法なんて、一部の人間しか使えないよ。トーチラス国じゃあ、使えると言えるのはナサイアの一族だけだね。政府の人間は貴族だなんて偉そうなことを言ってるけど、持ってる魔法量はほんの少しなもんさね」
「ナサイア?! もしかしてマクスさんの名前についてたかも? ナサイア・ド・マクシミリアン・なんとかって言ってた」
麻子が驚いていると、イレーネとパルマおばさんは気の毒そうな顔をして麻子を見ました。
「その名前が本当なら、マクスはナサイア一族でどこかの家の家長をしてる可能性があるね。光月の一の日というのは新年の行事で、ナサイア一族が集まる式典があるらしいよ。私も詳しくは知らないけどね、『子鈴おろし』とかいう神儀があるんだってさ」
「なんとかってところが重要なのに~ どこの家の人だったの?」
イレーネは焦れているようですが、麻子はマクスのフルネームをすっかり忘れていました。
「それが……マクスっていうのが、マクシミリアンのニックネームだったのかって考えてて、その先をよく覚えてなかったの。それより、『子鈴おろし』っていう名前が気になるなぁ。マクスさんに会った時もいなくなった時も、鈴の音が聞こえたような気がするの」
「私は鈴なんかより、マクスがナサイア一族だっていうことが気になるわよ」
「そうだね。その名前がついてるのなら、マクスは政府の人間じゃない」
「え? どういうこと?」
イレーネとパルマおばさんは顔を見合わせて、どちらが麻子に説明しようかと譲り合っていたようですが。結局、パルマおばさんが口を開きました。
「ナサイア一族っていうのは別格なんだよ。半端ない魔法量を持っててね。その魔法量を特殊な神儀を執り行うために、古き昔からずっと維持し続けてきた。維持するためには同族間の婚姻しかない。そう言えば、わかるだろ……?」
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はは、あははは…………
マクスと結ばれることは、ありえないっていうことね。
……そんなこと考えていませんでしたよ~
嘘……ちょっぴり考えてました。
あの人に美味しい顔をさせられるのは自分しかいないんじゃないかな? あの人のがさつで不潔なところを我慢できるのは、他に誰もいないだろう。
そんなことを思ってました。
顔色がなくなった麻子を、イレーネは後ろから抱きしめてくれました。
「残念だね……諦めるしかないよ。私も気持ちはよくわかる」
イレーネの口ぶりからは、似たような経験をしている人特有の連帯感のようなものがありました。
イレーネも苦しい恋をしてるのかな?
そう、これは恋だと認めます。
それも先の見込みのない、気持ちを持っていくところがない恋。
スーッと胸に痛みが走ります。
どうしてこんなことになってしまったんでしょう?
こんな思いをすることは望んでいなかった。
……ちっとも望んでいなかったんです。