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9. レンタル期間終了

 朝食の食パンをもそもそと口に運びながら、向かいの席に座るケメコの様子をちらりと見る。

 トーストにジャムを塗るケメコの姿。

 数日間一緒に過ごすうちに当たり前の風景になっていた。

 

「ところで、おぼっちゃま、文化祭でのことはご友人からの評判はいかほどでしたか? 当機のメモリーには人間の恋人としての振る舞いはなかったため、いささか不安です」

 

 アンドロイドであるケメコの口から“不安”という言葉を聞くことに驚きながらも、「良かったんじゃないか」と答える。

 

「では、本日も同じパターンで臨もうと思います。本日でレンタルサービスの期間が終了となりますが、精一杯最後までつとめさせていただきます」

 

 レンタル期間の終わりはもうすぐそこまでせまっている。

 あと少しで終わってしまうということに、いまさらながら焦りにも似た気持ちが湧き上がってきた。

 

「なあ、もしも、ケメコを買い取るとしたら……どれぐらいかかるんだ?」

 

「おぼっちゃま、どうされたのですか? 購入の予定はないと記憶していたのですが」

 

「えっと、ただの興味かな」

 

「さようですか。分割払いにした場合、頭金だけでも最低これぐらい必要かと」

 

 ケメコは指を一本立てながら100万円と口にする。

 ボクの貯金額はその十分の一もなく、とうてい無理だろう。

 

 

 水族館行きのバスがでている駅に到着し、時計を見ると約束の20分前だった。少し早めに出すぎたかと思いながらも、村田たちを待つことにした。

 隣にたつケメコは文化祭のときとはまた違った格好をしていた。

 白いカットソーにクリーム色のデニムパンツ、頭にはふっくらしたレザーハットをかぶり長い髪もまとめている。

 

 昨日、ケメコに他のクラスメイトに見つからないようにとお願いしたからか、以前とはずいぶんと印象を変えてきた。


「あ、あのさ」


 もごもごと口をうごかすボクを見て、ケメコが首をかしげる。

 そして、口を開こうとしたとき陽気な声が響いた。


「どもども~、おまたせ~」


 そこには村田ともうひとり、この前スマホの画面で見た女子がいた。

 お互いの自己紹介を済ませ、左内(さない)と名乗った彼女は頬を染めながら村田の彼女だと一息にいうと、村田も照れくさそうにしていた。

 

「はじめまして、姫宮です」

 

「ほうほう、あなたがうわさの姫宮さんね。……あれ、もしかして中学一緒だったりしない? なんか見覚えがあるような」

 

 左内が首をかしげながら姫宮を見ているが、姫宮は首をふる。

 

「そっか、勘違いか。でも、村田君から聞いてたとおり確かにかわいいね~。相沢君もこんな彼女がいるなんて、やるじゃない!」

 

「左内、相沢君“も”だとか、どさくさにまぎれて自分のことのアピールも混ざってるぞ」

 

「あ、ばれたか」

 

 照れ隠しなのか少しわざとらしく見えるが、村田と左内は軽口を叩き合い、けっこう気安い感じに見えた。これなら、普通にデートしても問題ないんじゃないかと思える。

 しかし、村田いわく、文化祭実行委員で知り合ってから友人として付き合っていたが。後夜祭で告白してからいざ恋人になってみたらどうしたらいいかわからないだとか。

 

 

 水族館行きのバスに乗ると、二人がけの席に二組に分かれて座る。前の席の村田と左内は微妙な距離をとりながらも楽しげに話している。

 ボクも恋人らしくケメコと話そうとするが、いざとなるとそれっぽい話題など思いつかなかった。

 

 水族館前につくと、「んじゃ、いこっか」と軽いノリの左内が先頭に立って進む。

 水族館では左内が魚をみてはかわいいといってはしゃぐ姿を村田が写真をとったりしていた。

 観賞しやすいようにと薄暗くした中でも、それはもう幸せそうなカップルな姿がそこにあった。

 対するボクたちのカップル(?)はというと

 

「修一さん、見てください。マグロですよ。マグロ」

 

「姫宮、あっちにはサンマの群れがいるぞー」

 

 目を追うのはスーパーでお馴染みの魚ばかり、色気よりも食い気を感じていた。

 思えば、ケメコとのつながりは食関係ばかりだった気がする。一緒に台所にたって食事をつくって、同じ食卓についていた。

 あついあついといって、味噌汁に息を吹きかけて冷まそうとする彼女の姿を思い出す。

 

 

 館内を巡りながら、前をあるく村田が妙な動きを見せていることに気づく。

 チラチラと右隣を歩く左内のことを見ながら、右手を所在なさげに動かしている。

 まるわかりであるが、当の左内は気づけていない様子。

 切なげな顔を見せる彼氏に視線に気づかず、楽しげにこちらに話しかけてくる。

 どうせなら、村田との二人の空間に浸っていてくれるほうがこちらとしてはありがたい。

 

「ケメ……姫宮、ちょっと左手だしてみて」

 

 無造作に差し出された手をにぎった。触れるのは三回目だったが、手の平からはひんやりと無機質な冷たさを感じた。

 

 はっきりいうと恥ずかしかった。周囲の人間からバカップルと思われているのではないかと……。

 ケメコもボクと同じように感じているのかと期待したが、その横顔はいつもどおりのものであった。

 

「ねえ、ねえ、ふたりともそこにいる魚ってさ……」

 

 再びこちらを振り向いた左内が握られるボクとケメコの手を視界におさめると、ハッとしたように村田の顔を見てから迷う素振りをはじめる。

 顔を赤らめて照れる彼女の前に村田が一歩近づき、その手をとった。

 

 やれやれである……。村田がチラリとこちらに感謝の視線をよこしてきたので、苦笑を返しておいた。

 

 結局、村田は彼女ともう少し親密になるためにボクを呼んだのだろう。

 初めて手をつないだらしい左内は頬を赤らめながら静かになり、ボクもようやく一息つけた。

 

 最後の締めにイルカショーをやっているという屋外ステージにやってきた。

 少し早めにきたからか、係員に案内されてステージ最前列に並んで座ることができた。

 

 目の前にはなみなみと水をたたえる底の深いプールが見えている。

 プールと客席を隔てる鉄柵には、『みずしぶきがかかる恐れがあります』という注意が書かれた看板がくくりつけられている。

 夏の暑い時期ならばそこに涼しさを感じるのだろうけど、そろそろ上着がほしくなる季節であった。

 

 客の入りはいいようで開演時間がせまるにつれて、後の席も埋まっていった。

 

 やがて、テンションの高い呼びかけとともに司会の女性が姿を表す。

 彼女の声に応じて一頭のイルカが巧みな芸を見せ、その度に客席から拍手が送られた。

 

 小学校の旅行以来みたことのなかったものだったが、久しぶりにみたイルカショーは楽しめた。

 隣に視線を移すと、ケメコは他の客と同調するように笑顔を浮かべて手を叩いている。

 

 ときおり飛んでくる水の飛沫がキラキラと光っていた。

 多少服にかかるが気にならない程度であった。

 

 しかし、それは人間にとっての話であり、精密機械であるアンドロイドだとしたらどうだろうかという疑問が浮かんだ……。

 

 一際たかくイルカがジャンプして着水した瞬間、周囲から驚きの声が耳に入る。

 やばいと思いながらケメコの手を引いて覆いかぶさった。

 

「ケメコ、大丈夫か?」

 

 背中はじっとりと濡れてしまったようだが、そのかいもあってかケメコは無事な様子だった。

 

 すぐに触れられそうな位置にケメコの顔が見える。いつものゆったりとした表情が崩れ驚いた顔をみせていた。

 それは初めてみるものでまじまじと見つめていると、村田の苦笑交じりの声が聞こえた。

 

「相沢~、みせつけてくれるじゃねえか」

 

 その言葉で周囲の視線が集まっていることに気がつき、慌ててケメコから身体を離す。

 

 ショーが終わった後も、左内と村田からさきほどのことでしばらくからかわれていた。

 

「いやあ、やるときはやるもんですなあ。ちょっと頼りなさそうに見えてたけど、やっぱり男の子って感じですな」

 

「その後もさりげなくいい雰囲気つくるし、ひとは見かけによらないというのは本当らしい」

 

「あ、あれは咄嗟に動いただけで、別にいちゃつこうとかそういう考えじゃなくて」

 

 二人にからかわれながら、水族館からでると解散という流れになった。

 

「じゃあな、相沢。今日はなんていうか、いろいろありがとな。礼は今度するよ」

 

 連れ添って帰る村田と左内の右手と左手はしっかりと握られ、もうボクなんていうまがい物に頼る必要はないだろう。

 二人と別れた後、ケメコとは特に会話はなかった。

 西日が差し始め、駅前につくころには時計の針は夕方5時を差していた。

 

「ケメコ……、もう時間だな」

 

肯定(ポジティブ)、本日をもってサービスの完了とさせていただきます」

 

「……そうか。一週間だったけれど、ありがとな」

 

 では、といってケメコが立ち去る。離れがたい思いを残し、夕陽に向かって遠ざかっていく彼女の背を見つめていた。

 

 もしかしたら、少しだけ期待していたのかもしれない。

 去っていく彼女の背中が豆粒ほどになったところで、彼女の足が止まったように見えた。

 

「……ケメコ」

 

 一歩前に出て、伸びる影法師に手を伸ばそうとする。

 しかし、その手は届くことはなく彼女の姿は夕焼けの光の中に溶けていった。

 

 きっと気のせいだったのだろう。早く家に帰ろう、ひどく疲れたように足をゆっくりと踏み出した……。


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